前書き
Kokoroです。第4章なのです。お待たせしましたです~。
…さて、この前書きを書いている現在は2018年の10月29日なのですが、この辺りから、大丈夫かな、勝手に自分なりの最終章を作ってしまって、後から公式のみなさんから叱られてしまったりしないかな、まだ最後まで公開されていないとはいえ、公式の考えるアプリさんのお話と同じようなお話になっていないかな、同じようなものにならなくとも、みなさんから受け入れていただけるかな、と考えはじめてきているのです…。アプリさんのお話がどんな形で進むかわからないうちに書かせていただいているということで、同じような形になってしまう可能性があるにせよ違うにせよ、どうかご容赦していただいて、あくまで別物と思ってご覧になっていただけたらと思うのです…。
とりあえず、この章から、私の書きたかったこと…世界接続の理由、ウロボロスさんたちの誕生の理由など、前作「Aile de Lien」の執筆前からずっと考えていたお話が形になってくるのです。例によってうまく書けているかどうかはわからないのですが、楽しんでいただけたら幸いなのです。
また、後ほど解説編専用のページを新しく作っていただけるということで、今回は解説編をこちらにはあえて載せないようにしておこうかな、と思うのです。ご了承くださいです。
第4章「過ちと真実は、風を止ませて」
(another viewing“Sofina”)
ーーー何やら、騒がしいわね。
あたしは読んでいた本を閉じて、部屋の扉へと歩み寄る。
今でこそ、ある程度この部屋の利便性や居心地は気になるものではなくなったが、この薄い壁とそれによってもたらされる大なり小なりの物音に関しては、あたし自身がうるさくされるのを嫌うこともあるが、いくら時間が過ぎても慣れるものではない。一応防音の工夫はされているらしいが、それでも、その工夫とやらで軽減しきれなかった音の波が、女子寮のだいぶ奥にあるこの部屋にも微かに伝わってくる。その上、無闇な魔法やエクシードの使用は厳禁ときている。この世界の人間たちは騒音についてどう思っているのかと、ある意味で感嘆するようにため息をつきつつ、あたしはドアを開ける。するとーーー
「…ねぇ、あの声って…。」
「うん、聞こえた。あれって、風渡君じゃない?」
「えー、こんな時間に?どうしたんだろ?」
「さぁ…なんか切羽詰まってたみたいだけど…。」
「あれじゃないですか、日向先輩にどうしても会いたくて…愛のなせる業とでも…。」
「「「きゃー♪」」」
…大河?
あたしは考える。
昼間であっても寮の行き来はなかなか難しい。その上、夜ともなればその厳しさが跳ね上がることくらい、大河だってわかっているはずだ。美海の方が無断でエクシードを無駄遣いして大河の部屋に突撃することはあるらしく、たまに自分でボロを出してはあたしたちに生徒会長命令という便利な言葉をこれまた職権濫用のごとく使って箝口令を敷いているが、大河の方がこちらを訪ねてくるというのは、よほどの理由がある限りないはず。
そう思った私が階下に降りるとーーー
「ーーー安堂先生!!お願いします、美海に…日向さんに会わせてください!!」
「ーーーええと…風渡君、とにかく落ち着いて。美海さんがどうしたの?」
この時間では確実に場違いなーーーしかし見覚えのある、先ほど口うるさくきゃあきゃあと騒いでいた女子たちの言っていた男子生徒が、女子寮の寮官も兼ねている安堂環先生に詰め寄っていた。
「ーーー大河、何の騒ぎ?こんな時間に。」
「ソフィーナ!!ちょうどよかった…。美海は…美海はどこ!?部屋に沙織やマユカといるはずだよね!?」
大河は今度は私に向き直ると、そう口早に捲し立てる。
「大河、落ち着きなさい。美海がどうしたっていうの?…まあ、そんなに慌ててるなら、あの子に会えない時間が寂しいからとか、そんないつもののろけみたいな話ではないだろうけど。」
あたしの言葉を聞いていくらか落ち着いたらしい大河は、一言こう言った。
「ーーー美海との心の会話が、途切れたんだ。」
心の会話ーーー
美海と大河から話だけは聞いたことがある。互いに絆を深め合い、可能性解放と呼ばれる境地に達したプログレスとαドライバーが行えるようになるという思念の会話のことであろうことは、なんとなく察しはついた。
大河の言葉は続く。聞けば、美海の心を通じて、沙織とマユカが昼休みのことで落ち込む美海を元気づけようとして部屋を訪れたことがわかった途端に、いきなり美海から伝わってくるはずの気持ちのすべてが、まるで刃物で切り捨てられたかのように途切れたのだという。
「ーーー可能性解放から、僕と美海はずっと気持ちを共有してきた。起きてるときも、眠ってる時も、離れてる時だってそれは同じだった。なのに、それがいきなり途切れた。今までそんなこと、一日だってなかったんだ。…だから、何かあったんじゃないか、って…。」
…結局、聞く予定のないのろけ話を聞くはめになったわけだが、話はわかった。その時、ばたばたという派手な音と共に、大河の言葉によれば美海の部屋にいるはずの沙織が、息を切らして階段を下りてきた。
「…風渡君、どうして…ううん、むしろちょうどよかったです。美海ちゃんがいきなり倒れて…今、マユカさんが見てくれています、すぐに来て!!」
「沙織…わかった。すみません安堂先生、お叱りを受けるでも反省文でも掃除でも荷物運びでも、後でちゃんとしますから…!!」
大河はそう言って、沙織と共に階段を駆け上がっていく。
「…安堂先生、あたしたちも行きましょう。」
あたしは、おそらくかつてない危機が迫っていることをなんとなく察して、安堂先生に言う。
「…そうね、沙織さんとの会話を見るに、風渡君は嘘をついてはいないだろうけれど、それならなおのこと美海さんが心配だわ。こんな時間に無断で女子寮に来たことも、さすがに今回だけは不問にしておこうかしらね。」
…こんな時、安堂先生の臨機応変な対応は本当に頼りになる。
あたしたちは大河たちの後を追って、階段に向かって駆け出した。
目を覚ますと、暗い闇の中に立っていた。
夢の中で、ずっと見ていた光景。
そして、いつかのウロボロスの意識の侵食の時に、私が突き落とされた光景。
「…あ、やっと起きたねー。」
目の前から声が聞こえた瞬間、私の目の前に、軽やかな靴音を響かせて現れたのはーーーこれもずっと夢の中で見てきた、もう一人の私。
「んー?聞こえてる?もしもーし。」
動かない私に対して、もう一人の私は、目の前でひらひらと手を振る。
「ーーーーーー!!」
私は咄嗟に後ろへと飛んで、目の前の私から数歩距離を取る。
「…あれあれ~?もしかして私、怖がられてる?もう、自分なんだから、怖がらなくてもいいのにー。」
屈託のない、しかし背筋の凍るような笑みを浮かべた表情で、目の前の私は言う。
ーーー落ち着いて。
彼女は私じゃない。私に似た姿をしているこれは、私そのものじゃない。私はここにちゃんといる。だからーーー
私は、心の中を見透かしてくるような不気味な視線を向けてくるもう一人の私に向かって右手を突きだし、旋風を纏って右手の中に現れるであろう銀の細剣をその喉元へ突きつけようとしてーーー
「…えっ…?」
私は、絶句する以外にない。
だって、風纏いし細剣(ウインドレイピア)が右手に握られることもなければ、その際
に吹き荒れるであろう白銀の旋風すら、私の周りには巻き起こらなかったのだから。
プログレスのエクシードは、何もαドライバーとのリンクが繋がっている状態でなければまったく使えないというわけではない。なのに、確かに風の支配者(ドミニオン・エア)の力を使おうとしたはずなのに、私の力は、私に応えることはない。
「ーーーどうして…。」
不安に顔を曇らせるしかない私に、目の前の私は笑みを絶やさずに言う。
「無駄だよ~、この場はエクシードの使えない空間。あなたの世界であなたは最強のプログレスだったみたいだけど、ここではなんにもできないね。」
ーーーあなたの世界?
言っていることがわからない。
私は、多分心底疑問に思った顔をしていたのだろう。目の前の私は、「あー、ちょっと待って、ちゃんと説明するから。」と言って話し出す。
「ユフィちゃんから、平行世界のお話は聞いてるよね。それから、そこから先の可能性を一本化させかねないものーーー特異点のことも。」
もちろん覚えている。それを聞いたのは数時間前で、私はその時のユフィちゃんの話をだいぶ気にしていたのだから。
それはーーー私が世界を壊す可能性になるかもしれない、ということ。
目の前の私が続ける。
「結論から言うよ。ユフィちゃんの予想は正しいの。ウロボロスは、その特異点から生まれるんだよ。というよりも、特異点になった可能性を持つ物事が、ウロボロスを生み出すもの…ウロボロスの核みたいな存在に変わる、っていった方がいいかな。だから、特異点とウロボロスっていうのは、違うようで同じ存在なんだよね。そしてーーーこの時空での特異点は私。」
特異点から、ウロボロスが生まれる。
特異点とウロボロスは、違うようで同じもの。
そしてーーーこの時空での特異点は私。
「そんなーーーそんなの、出鱈目だよ!!」
私は、彼女の言うことが信じられない。信じたくない。
だってーーーそれは、ユフィちゃんの予想通りでいけば、私自身がウロボロスを生み出していることに他ならないから。
「…そうだよ…。私じゃないよ…。私、ウロボロスを生み出してなんかないよ…!!ウロボロスは世界を壊す存在なんだよ?そんなひどいこと…できるはずがないよ!!」
叫ぶ私に向かって、もう一人の私は呆れたように言う。
「そうは言っても、それが事実なの。それを信じてもらわなきゃ、今後のお話のしようがないよ。」
「ーーーどうして、それが私なの?」
突きつけられた現実を受け入れるよう促してくるもう一人の私に対して、私がいうことができたのは、そんな言葉だけだった。
「気になるよね。いいよ。あなたには、私のしてしまったことーーー世界を壊す特異点になった理由…私の記憶を知る権利があるから。」
そう言って、もう一人の私は、私の後ろに回り込むようにしながら話し出す。
「可能性には、大きく分けてふたつの分岐があるの。うまくいく方と、うまくいかない方のふたつ。私とあなたでいえば、あなたはある空間においてうまくいった可能性、私はその空間に確かに存在していたけれど、うまくいかなかった可能性をそれぞれ辿っているんだよ。
そして、うまくいった可能性とうまくいかなかった可能性には、少なくともひとつ、どちらかにはあって、どちらかにはない、あるいは、特異点が生まれた空間を境に、存在し続けているものと失われたもの、みたいな、言っちゃえば真逆の要素がある。そして、私たちのパターンは、存在し続けているものと失われたものがあるパターンの方。
…さて、あなたと私の選択によって存在し続けているものと失われたもの、もっとヒントを出すと、あなたが持っていて、私が持っていないもの…。それは一体何なんだろうね?」
私は考え出す。
私が持っているもの。もう一人の私が持っていないもの。
それは何?
記憶を辿る。
私は、みんなから最強のプログレスと呼んでもらえている。
私は、たくさんの友達がいる。
私には、大事なパートナーで、恋人である大河君がーーー
…大河君?
私は、あることに気がついた。いやーーー気づいてしまった、といった方がいいかもしれない。。
最強のプログレスと呼ばれるようになったのはなぜ?
みんなから信頼されるようになったのはなぜ?
たくさんの友達ができたのはなぜ?
その疑問は、ひとつの結論で簡単に氷解する。
その時ーーー私の隣には、いつも大河君がいた。
「…あ、気がついたみたいだねー。」
そう言って、目の前の私は微笑みを浮かべながらーーー私と同じ大きなふたつの瞳から、一筋の涙を頬に伝わせながら言う。
「ーーーそうだよ、私の辿った可能性はねーーー私のせいで、大河君が失われてしまった可能性なんだよ。」
ーーーーーー。
大河君が失われた世界。
私のせいで。
…私のせい?
再び記憶を辿る。
私が原因で大河君が危険な目に遭ってしまったのはいつ?
ウロボロスに意識が侵食された時。
ブルーフォール作戦の最中。
…いや、違う。
記憶を辿るうちに、私の心臓が早鐘を打ったかのように鼓動を刻む。
まさか。
まさか、あの時ーーー
「…入学式。」
かすれる声で、私は呟く。
そうだーーーあの時。
入学式に遅刻しそうだった私と大河君はそこではじめて出会いーーーそして、私は彼とリンクして、一緒に空を飛んだ。そして、着地のことを考えなかった私は、大河君と共にそのまま並木に突っ込んでーーー
「ーーーもうわかったよね。そう、あの入学式の時。αフィールドに守られる側、プログレスであるあなたはともかく、αフィールドの守りのない、αドライバーである大河君は、あんな高さから、あんなスピードで、あんな落ち方をしたら、普通無事じゃすまないよね?あなたの世界では偶然も重なったのかな。大河君は無事だったけど、でもねーーー私の辿った可能性では、すごい技術を持ったお医者さんでも、もちろんプログレスのエクシードであっても、大河君を救うことはできなかったの。彼のことは、あなたが一番よく知ってるよね。最高のアルドラを、私のせいで失ってしまった私たちの世界は、そのまま滅びのレールに乗ってしまってーーーそして、私は世界を壊す特異点になってーーー世界接続(ワールド・コネクト)のきっかけのひとつになったの。」
ーーー私のせいで。
私があの時、あんなことをしたせいで。
それで、別の可能性を辿った世界が、破壊された。
そしてーーーそれが、世界接続を引き起こした…?
わからない。
目の前の私は、そんな私に構わずに続ける。
「わからない、って顔をしてるね。それもそうだよね。じゃあ、せっかくだからそれも教えてあげるよ。
青の世界ーーー「地球」。
黒の世界ーーー「ダークネス・エンブレイス」。
赤の世界ーーー「テラ・ルビリ・アウロラ」。
白の世界ーーー「システム・ホワイト・エグマ」。
緑の世界ーーー「グリューネシルト」。
この五つの世界も、言ってしまえば平行世界のひとつ。この世界のひとつひとつにも無数の可能性があって、うまくいく可能性とうまくいかない可能性は必ず存在していて、そしてーーー世界が今まさに滅ぼうとしている可能性だって、その無数の可能性の中には少なからずある。
世界接続はねーーー滅びの運命に抗おうとした可能性において、その世界の世界水晶が、無事な世界、あるいはまだ可能性の残されている世界の世界水晶が持つエクストラを吸収しようとするがゆえに起こる現象なんだよ。
アウロラちゃんが記憶を失っていたり、シルトちゃんがいつの間にかこの世界にいたのも、力を失いかけた世界水晶が、何とかして生き延びようとしたがゆえの弊害。今、この場で繋がっている五つの世界は、それでもまだましな方。他の可能性では、世界水晶同士が最後の力を振り絞ってエクストラをお互いに吸収した結果、エクストラ生成の間もなく崩壊したような世界がたくさんある。そして、別の世界と別の世界がまた引き合って、再びぶつかり、またそれらの世界の可能性は失われる。
…ただね、世界水晶のエクストラの吸収は、自分一人では十分にはできないの。エクストラを集めて来てくれる…使い魔…子分?そういうものが必要になるんだよ。そしてーーーそれを生み出してくれる存在もね。
もうわかるよね。
その子分って言うのがウロボロスの正体。
そしてーーーそれを生み出すのが、私のような特異点の役割なの。
つまりねーーーウロボロスは、滅びの運命にある世界の世界水晶そのものが生み出しているものなの。
彼らは、何も考えずに世界を壊そうとしているんじゃないんだよ。」
「でもーーーだからって、それで私たちの世界を壊していい理由にはならないよ…!!」
私のようやく出すことのできた言葉を聞いて、目の前の私がお腹を抱えて笑い出す。
「あはははっ♪そうだよね、そう言うと思ったよ。
でもーーーそれはあなたが成功者だから言えることだよ。
人の持っていないものを持ってるから。持っていないものの気持ちを知らないから。
緑の世界のみんながどんな思いで世界水晶を奪いに来たのか。あなたは知ってるでしょ?それ以外に方法が見つからなかったからだよ。ウロボロスだってそうだよ。他の世界からエクストラを吸収するしかないと世界水晶が判断したから私たち特異点は生み出されて、私たちが生み出したウロボロスにエクストラを回収させているんだから。」
「…私たちは他の世界を滅ぼそうなんてしてない!!」
「綺麗事では何だって言えるよ。でも、ここまで話させておいて、あなたは気づいていないのかな?自分がウロボロスを倒してこの世界を守ろうとすることで、他の時間、他の空間の可能性を切り捨てて、そして見捨てているっていう事実をーーー」
ーーーやめて!!
私は耳をふさいでその場に蹲る。
聞きたくない。
私たちの選択が、行動が、他の世界を滅ぼすトリガーになっているだなんて。
「あれー?あの時の紗夜ちゃんみたい。あんなに紗夜ちゃんにひどいこと言って煽ってたのに、自分が同じような状況に立たされたら、同じリアクションをするんだね。」
「ーーー違う…違うの…!!あれは私の言葉じゃないもん…!!」
「違わないよ。ウロボロスは記憶を辿って、心の中にしまいこんだ心の声を出しやすくしてあげただけだもん。さすがに大河君…というか、アルドラのみんなとの関係のことはひとつもさわらなかったみたいだけどね。その記憶を掘り起こしたら最後、あなただけじゃなく、アルドラとの強い絆を持った子達ははきっと彼や自分のアルドラを助けようとして自爆じみたことをしただろうし、そうなるとこっちも困るから。代わりに紗夜ちゃんの努力のお話があったし、ちょうどよかったよ。」
目の前の私は再び、私の背中に回り込んでくる。そのまま、彼女は動かない私の耳元で呟いた。
「ーーーでも、紗夜ちゃんはあの時、その現実を打ち破るために頑張ってたよね?
紗夜ちゃんにあんなこと言ってたんだもん。あなただってそれに向かって足掻きつづけられるよね?
…まあ、正直、もうこの世界は終わったも同然なんだけどね。」
(another viewing“Taiga”)
「…ミハイル、ユフィ、美海の様子は…!?」
研究室の中にある集中治療室から出てきたDr.ミハイルとユフィに、僕たちは一斉に詰め寄った。
ガラスの向こうには、白いベッドに横たえられた美海の姿。眠っているだけにも見えるその表情は、しかし氷をあてられて冷えきったように青白い。
あのあと、安堂先生が車を回してくれて、僕たちはそのままミハイルの研究室に駆け込んだ。青蘭学園の研究棟は、場合によっては下手な病院よりも設備が整っている。何かわかることを期待しながら、僕たちは待つことしかできなかった。
ミハイルは、「ーーーみんな落ち着け。」と一言言って、少しずつ話し出した。
「…結論から言う。日向 美海の中で、浄化が完了していたはずのウロボロスの意識に似た反応が、急速に彼女の意識を乗っ取りつつある…いや、違うな。そうは言っても、以前のように無理矢理な意識の乗っ取りではない。どうやら、彼女らの意識同士が融合し、ひとつになろうとしているようだ。」
「ーーーそれって…どういうことなの!?」
今度はソフィーナが聞く。
「…私にもわからん…。ただ、ユーフィリアから話を聞いた。ここ最近、彼女は妙な夢を見ていたらしいな。」
「…うん、間違いない。自分が出てきて、自分は不幸にならなきゃいけないとか、特異点がどうとか…。」
僕の言葉に、今度はユフィが呟く。
「ーーー私の懸念が…当たってしまったのかもしれません…。」
ユフィの懸念。
美海がお昼に夢の話をしてくれた時、ユフィが言ったこと。
「美海の選択によって、可能性が一本化してしまったのかもしれない」
それを聞いて、周りの空気が張り詰めていく。
…実は、僕たちが美海を研究室に担ぎ込んでからすぐに、学園島全体にウロボロスの襲来を示すアラートが鳴り響き始めた。指令室に詰めていたらしいアウロラの指揮の元、すでに大多数のプログレスとαドライバーが迎撃にあたっているらしいが、どこまで持ちこたえられるかはわからない、というのが現状だった。
そしてーーーそのウロボロスが続々と出てくるところ。
突然発生した漆黒の暴風、その中心にいるであろう存在。
今までの経験から、僕の心が警鐘を鳴らす。
ウロボロスを統べるもの。
プログレスの姿をした彼女たち。
そして、こんなにも風を自在に操るプログレスといえば、一人しかいない。
美海。
風の支配者(ドミニオン・エア)と呼ばれるエクシードの持ち主であり、僕のパートナーであり、最愛の女の子。
彼女は、確かに目の前にいる。
だが、彼女が持つはずの力は、今、青蘭学園を襲っている。ミハイルの言っていることが本当なら、ウロボロス、あるいはそれに似た意識というものが、美海を通して力を操る術を得たか、あるいはそれ自体が彼女に成り代わろうとしているのだろうか。
いずれにせよ、あれが美海の力であるなら、いかにアウロラの絶対守護といえども、
いつまで持ちこたえられるかわからない。そうなれば、青蘭学園、ないしはこの学園の奥にある世界水晶も、無事ではすまない。
「ミハイルさんーーーどうすればいいんですか!?」
マユカが涙を浮かべながら叫んだが、ミハイルは首を横に振るだけ。
ここにいるみんなの誰もがわかっている。
もしもそれが本当だとして、そうなってしまった理由が何一つわからない。
ゆえに、何もできない。完全に手詰まりだった。
「ーーーミハイル、以前、僕たちが封印された時と同じことってできないの!?」
僕はミハイルに問う。ミハイルは少し考えてから言った。
「…無理だ。以前侵食を受けたプログレスに行った浄化は、いわば食器の表面に付いた汚れを落とすようなものだからな。だが、今回は少々勝手が違う。融合しようとしている意識を完全に分離することができれば話は別かもしれないが…。」
ミハイルはそう言って、僕を見る。
「それにーーー今は君すらもリンクを繋ぐことができないでいるのだろう?」
ーーーーー。
その通りだった。美海との思念の会話が途切れ、僕が美海の部屋へと転がり込むまでに、何度かこちらからリンクを繋ごうとしたことがあったが、何かに邪魔されているように、こちらからのリンクはことごとく弾かれてしまっていたのだ。
すなわち、それは以前、僕たちアルドラが封印された時のように、リンクによって意識中から干渉することも不可能ということ。
「ーーー僕にできることはーーーもう…何もないのか…?」
美海のことも。
世界の存続に関わることも。
僕は、何一つ守れないのか。
僕は、呆然とそこに立ちすくむことしかできなかった。
世界が、終わる。
「ーーーどうして…どうして!?」
私はそう叫ぶことしかできない。
私たちが、周りの世界の可能性や、そこに生きる人たちを犠牲にすることで、この世界を守ろうとしているということはわかった。
なのにーーーそんな大きな犠牲を払ってすら、この世界は救えないーーー?
「言葉通りの意味だよ。この世界は終わる。こうして私とあなたが出会ったからね。言ったでしょ?もう離さない、って。」
目の前の私の言葉に、私ははっとする。
「ーーー見つけた。今度こそ、離さないーーー」
ウロボロスの侵食を受けた葵ちゃんと戦い、その時にまた侵食を受けてしまった私の意識が再びブラックアウトする寸前、頭のなかをよぎった言葉。
「気がついた?最強のプログレスと称されるあなたが、アルドラとの絆の深さもあったみたいだったけど、他の子達と比べても、どうしてあれだけウロボロスの侵食を受けやすかったのか。
それはーーーあなたがうまくいった可能性、つまり、負の特異点である私と対になる可能性を辿った、正の特異点だからなんだよ。それはそうだよね。入学式の時点での私と、今ここにいる私とあなたは同一人物なんだから。世界水晶のエクストラの奪い合い、それは、その特異点同士のいる世界が接近することから始まるの。食べ物がなくてお腹が空いていたら、まず近くに食べられるもの、もっと言うなら、自分で見て食べられると判断できるものがないか探すよね。それと同じ。それに、正の特異点と負の特異点は隣り合っていて、対になる可能性なんだから当たり前だけど、磁石みたいに引き合うの。負の特異点を持つ世界水晶は、最初に美味しいと理解している世界の世界水晶からエクストラを吸収しはじめるんだ。
最初は余剰な部分だけかもしれないけれど、生きるのに必死になるがゆえに、負の特異点を持つ世界の世界水晶の吸収は、正の特異点を持つ世界の世界水晶のエクストラの生成量すらそのうちに上回り始めて、正の特異点をそのまま負の特異点に変える。あとはさっき説明した通り。共倒れを恐れた世界水晶は、好き嫌い関係なく、他の世界からエクストラを奪い始める。その時点が新たな特異点を生み出す場所になって、その周りの世界も負の特異点を持つ世界に変わる。最終的に、お互いに周りを食べ尽くした負の特異点を持つ世界同士が引き合いはじめるしかなくて、そして、世界同士がぶつかり合って、もろともに消滅する…。 それが、世界崩壊(ワールドエンド)と呼ばれる現象。」
「ーーーーーー!!」
私は、耳元で囁くもう一人の私に向かって、左手を思いきり振り払う。
「…もう、危ないなぁ。」
咄嗟に後ろに跳んでそれをかわしたもう一人の私がそう言って口元を歪める中、私は彼女を睨み付けて言う。
「ーーー今のお話が本当なら、負の特異点であるあなたをやっつければ、私たちの世界は救えるーーー
もう、周りの世界や可能性なんて言っていられない。
私は、私の生きる世界を守るんだーーー!!」
私は鋭く声を上げながら、もう一人の私に向かって突っ込んでいく。
武器はない。
エクシードも使えない。
大河君とのリンクもない。
でも、やるしかないんだ。
武器やエクシードがなくたってーーー大河君とのリンクがなくたって。
ここで私が彼女を止めなければ、私の生きる世界は救えない。
私は勢いのまま、もう一人の私に向かって渾身の体当たりを敢行しようとしてーーー
「もう…無駄なんだって言ってるでしょ?」
もう一人の私の華奢な右手が、私の右肩に触れた瞬間ーーー私の体が宙を舞う。勢いを殺さずに受け流され、投げ飛ばされたことがわかった時には、私を投げ飛ばした勢いのままに一回転したもう一人の私の右足が、私の左肩に向かって叩き込まれていた。
「あぅ…っ…!!」
エクシードが使えないことで、いつもなら受け身を取れるはずがそれもできずに暗い地面へと叩きつけられた私の全身に、ブルーミングバトル中では経験したことのない凄まじい衝撃が襲いかかってくる。起き上がることのできない私を高みから見下ろして、もう一人の私は言った。
「さっき、私は言ったよね。私は世界接続の理由のひとつになった、そして、崩壊の可能性を持つ世界には必ず特異点がいるって。
つまりねーーー特異点ーーーウロボロスの核になりうる存在は、私やあなただけじゃない。現在、過去、未来、どの時間の世界にも人は住んでいて、その中の誰かが特異点になって、それらすべてが世界接続の片棒をかついでるんだよね。私のこともひとつの理由ではあるけど、それは本当にひとつの理由でしかないの。
考えてみて。ウロボロスが青蘭島に侵攻したとき、どうして学園の視点を完全に逆手に取った陽動や奇襲なんて高度な方法を彼らが思いついたのかな?
どうして、普通の攻撃じゃ倒せないようなウロボロスが現れたのかな?
それはねーーー
青蘭島への侵攻は、別の世界のユフィちゃんの高い演算能力や、エヴァちゃんの空間転移の能力を、ウロボロスが学習したから。
倒せないウロボロスが出てきたのは、シャロンちゃんの不死の能力が、特異点になったシャロンちゃんを通じて、彼女の生み出したウロボロスに受け継がれたから。天音ちゃんのエクシードがその対抗策になったのは、特異点のシャロンちゃんが不死の能力によって孤立した経験があって、アルドラとしての経験のあった天音ちゃんの、友達を大事に思う強い気持ちに当てられて浄化されたから。
ウロボロスの特性は、その世界において特異点になったものの特性を引き継ぐの。もちろん、何の力も持たない人が特異点になることもあるけどね。でも、ここで言いたいことはひとつ。
現在、過去、未来、その中で無数にあるすべての可能性において、負の特異点ーーーすなわち、誰かが泣くことになる悲しい結末を取り去る以外に、世界を確実に救う方法はない。
ーーーほらね、無理でしょ?
時間移動ができるユフィちゃんですら、そのすべての可能性を辿ることはできない。だからこの時空に特異点があることはわかったけれど、他の可能性の特異点は探すことができない。
そもそもーーー世界に生きる人たちはたくさんいて、その可能性は無数にある。可能性は、無数であるから可能性。そうでなければ、それはもう可能性じゃない。可能性がなくなれば、それはもう人でもない。そして、可能性があるかぎり特異点は生まれ続ける。ウロボロスもね。その負の可能性を全部取り去ろうとしたらーーー可能性のすべてをなくすしかない。
ーーー結論、どちらにせよ、世界を救う術なんてない。わかった?」
無数の人の無数の可能性のすべてから、負の特異点を取り去る。
…無理だ。
そんなことは無理だ。
世界が終わるのを、私はじっと見ているだけしかできない。
今まで「大丈夫」の一言でなんでも片付けてきて、そしてそれを本当に大丈夫にしてきた私だが、今のもう一人の私の言葉が真理、何一つ偽りのないものであることなど、お勉強がそれほど得意じゃない私だってわかる。…いや、理解するしかなかった。
「ーーーさて、他の特異点のみんなはダメだったみたいだけど、私はそうはいかないよ?」
もう一人の私が私の手を握ってくる。
「ーーー嫌…嫌だよ…!!離して…!!」
嫌な予感がした私は、泣きながら何とかその手を振りほどこうとするが、彼女は私の手を離さない。
「ーーー大丈夫だよ。別の可能性を辿った私たちが、もう一度一緒になるだけだもん。
最初は怖いかもしれないけど、ひとつになれば怖くない。だって、最初は私たちは同じ可能性から分岐して、同じところへ還ろうとしているだけだから。
だからーーー何も怖くなんかないよ。」
ーーー大丈夫だよ。
目の前の私は、確かにそう言った。
私が自分を、そして他のみんなを激励するときにいつも言っていた言葉。
その言葉が、こんなにも恐ろしく感じたのははじめてだった。
私の手を離さない彼女の手が、漆黒に染まる。
闇は私の体を包み込むように、しかし決して逃がさないと言わんばかりに大きくなって、 私の体を取り込んでいく。
ーーー大河君。
こんなときにでも、私は彼のことを考える。
優しい彼を。
強い彼を。
いつも、優しい言葉で、そして心で語りかけてくれる彼を。
「…大河君ーーー大河君ーーーーーー!!」
今、ここには彼はいない。
どんなに声と心で叫んでも、彼は応えてはくれない。
闇に呑まれていく中で、私はずっと彼の名前を呼び続けていたーーー
第4章 終