前書き
Kokoroです。前回から少しお時間は経ってしまったのですが、美海ちゃん視点のストーリー、第3章なのです。
このお話から、お話が本格的に動き始めるのですが、だいぶ好き勝手に書かせていただいてしまったので、いつもながらみなさんのご期待してくださっているお話になっているかというと、すごく自信がないのです…。
そんな中でも、前作を含めたくさんのみなさんに読んでいただけているようなので、私としてはとても嬉しいのです。今回も、どうか最後まで読んでみていただければ幸いなのです。
第3章「選択と、すれ違いと」
ーーーまた、私は暗い世界にいた。
どうして、私はまたここにいるのだろう。
そして、目の前にはーーー
(「ーーーそっかぁ。こっちの私は、幸せなんだね。」)
前と同じーーー黒い細い剣を右手に握った私がこちらを見ている。
でも、普通に聞けば嬉しいことと思える言葉だが、その虚ろな視線は、背筋が凍りつきそうな、不気味な暗さを持っている。
(「ーーーねぇ、私たちは、どこで間違えたんだろうね?」)
目の前の私が言う。
間違えた?
どういうことなのかわからない。
虚ろな目をした私は、あの時と同じように、涙を頬に伝わせて言う。
(「ーーー一歩何かが違ったら、私もキミみたいになれたのかなぁ…?
…ううん、そんなことはありえない。ありえちゃいけない。
だってーーー私は、不幸に ならなくちゃいけないから。
それだけのことを、私はしてしまったんだから。
私はーーーこの時間の特異点になっちゃったんだからーーー」)
「ーーー美海…美海!!」
はっとして、目を開ける。周りは暗い。私のベッドじゃない。
ーーーでも、見覚えのあるところ。
そして、目の前には大河君の顔。それを見て、少しずついろいろ思い出してくる。
…そういえば、大河君のお部屋にお泊まりすることになったんだった。
大河君は、私の顔を心配そうに覗きこんで言う。
「…美海、大丈夫?すごくうなされてたみたいだから…。」
大河君はそう言って、はっと顔を上げる。
「…もしかして、また悪い夢を見たの?」
…どうやら、お見通しみたいだね。
「…うん、また私が泣いてる夢…すごく悲しそうで、辛そうで…そうだ、どこで間違えたのかな、とか、私は不幸に ならなくちゃいけない 、とか、特異点、とか…そんなことを言ってたの。」
「…間違えた…?不幸に ならなくちゃいけない…特異点…?」
大河君が、私の言葉を反芻する。
…私にも、その意味はわからない。
でも、私は心に厚い雲がかかったような気分だった。
せっかく、二人で楽しい時間を過ごせたのに。
大河君が、嫌な夢を見た私に気分転換をさせてくれたのに。
それなのに、どうして。
大河君は私の不安を感じたのか、お布団の中で私をぎゅっと抱き締めてくれる。
「…大丈夫、そんなの、ただの夢だ。美海は何も間違ったことはしてない。 不幸にならなくちゃいけないことなんてない。 だからーーー」
声をかけてくれる大河君。その心の声が、私の心に直接響いてくる。
(「ーーー美海だって、一人の女の子なんだ。不安だって、泣きたくなることだってあるはずだ。でも、それをみんなに悟られないように頑張ってる。それを僕は知ってる。…それなのに、僕が不安を見せちゃだめだ。僕がしっかり美海を守らなきゃいけないんだ…。」)
ーーー彼が、私に伝えるためにその言葉を心に浮かべているのか、それともその意図なく思ってくれているのか、それは私にはわからない。
ひとつ言えることは、私が彼にここまで心配をかけさせてしまっているということ。
「…うん。ありがとう。」
私はそう言ったものの、心のもやもやを抑えることはできなかった。
日曜日を挟んで、月曜日。
「ーーー嫌な夢…ですか?」
「…うん。ただの夢といえば、それまでなんだけど。最近、そういう夢をたくさん見るから…ちょっと、ね。」
私たちの周りを、たくさんのお友達が取り囲んでいた。
昨日、大河君のお部屋を出た後も、不安は消えなかった。そして、その夜はまた夢を見るのが怖くて、お布団に入ることすらできなかった。大河君もどうやら同じだったようで、二人して瞼を腫れぼったくしているのを見かねた沙織ちゃんやソフィーナちゃん、
イレーネスちゃん、アウロラちゃんやレミエルちゃん、セニアちゃんとユフィちゃん、マユカちゃんが、私たちに声をかけてくれたのだ。
「…まったく、あんたたちは本当にもう…。そうならそうと早く言いなさいよ。」
ソフィーナちゃんが、私に言った。
…言い方は厳しいが、心配してくれているのがわかる。本当にありがたいと思う。
「…でも、まさか美海さんがそんな夢を見るなんて…。本当にどうしたのかしら。」
「美海さんとマスターの元気がないのは、わたしも少し嫌な気分です。」
アウロラちゃんとセニアちゃんの言葉に、みんながうーん、と考え始める。
「…あ、そ、そういえば、お二人ともお腹は空いていないですか?よろしかったら、おにぎりを食べてください!!」
「…ええと、マユカさん、さすがにおにぎりで元気が出るなら、おふたりともこんなに悩んでいないんじゃ…。」
「…あう、やっぱりですか…。」
レミエルちゃんが言った言葉に、マユカちゃんが肩を落とす。
「……。」
「…?ユフィ、どうしたのですか?」
先程から何も言わずに考え込むユフィちゃんに、セニアちゃんが問うと。
「ーーー美海さん。その夢の中の美海さんは、確かに「特異点」と口にしたんですよね?」
真剣な顔で聞いてくるユフィちゃん。
「う、うん、確かに言ってたの。私は、この時間の特異点になった、って。」
「…そうですか。」
再び考え込むユフィちゃん。
「…ユフィ、何か知ってるの?」
大河君が、ユフィちゃんに聞く。ユフィちゃんは、「確信があるわけではないですがーーー」という前置きの後、こう言った。
「ーーー時間及び空間の移動における話ということが前提ですが、それには時間という縦の軸と空間という横の軸の存在を定義する必要があります。そして、縦の軸と横の軸はすべてが同じものではなく、それらは様々な可能性から成り立っています。今、私たちはこうして話をしていますが、別の可能性を宿した空間ではウロボロスと戦っているのかもしれない、あるいは、こうして話をしている空間があるという事実はあるけれども、それは別の空間から見たらはるか過去や未来のことなのかもしれない、という形です。」
「ーーー平行世界(パラレルワールド)、ですね。」
セニアちゃんの問いに、ユフィちゃんは首を縦に振って言う。
「はい、ママ。厳密には少し異なるものですが、体感的にはそういったものとして捉えていただいて構いません。そして、可能性というものには必ずそうなるべき理由があります。それが誰かの選択であるのか、それともその範囲に囚われない自然現象的に起こった出来事なのかはケースバイケースではありますが、どちらにせよ、それによって可能性は無数に分岐します。いい方向に転ぶ時もあれば、そうでない時もある、それはその時点では誰にもわかりません。ただ、ひとつの大きな時間、あるいは空間において、その先にあるすべての可能性を、回り道や順不同なものになることはあれど、最終的にひとつの可能性に確定させかねない、そんな大きな分岐点があるんです。それが特異点です。」
ユフィちゃんはそこまで言って、少し考えてから言った。
「ーーー私の推測が間違いでなければ、今、私がこの時代、そしてこの空間にいること、それに関係することである可能性を秘めていることであるということが、ほぼ間違いないことになります。」
ユフィちゃんが、今、この時代、そしてこの空間にいる理由。
私たちがそれを知らされることは、今までなかった。ユフィちゃん自身がずっとはぐらかしていたことだったから、私たちが知らないのも無理はないけれど。
「…ユフィさん、どういうことですか?」
沙織ちゃんが、ユフィちゃんに問う。
ユフィちゃんはまた少し考えてから、意を決したように話し出した。
「ーーー私…『コードΩ00 ユーフィリア』というアンドロイドが、ママーーー『コードΩ46 セニア』によって造られ、この時代に送られたことは、皆さんがご存じの通りです。
私がはじめて目覚めた時、五つの世界水晶はすでに完全に力を失い、かつての緑の世界のように、滅びの時を待つだけになっていました。そんな中で、ママは生まれたばかりの私に言ったんです。
『あなたには、時間と空間を自由に渡る術を与えた。
私たちは、世界崩壊(ワールドエンド)を止める術を持たず、どうすればそれを止められるかもわからなかった。
だからーーーあなたはそれを探しに行きなさい。
こうなってしまった理由が、きっとどこかにあるはずだから』と。
ママの言う通り、私はすぐに時空跳躍のシークエンスに入りました。
…世界同士が接触し、崩壊しはじめたのは、その時です。
私は跳躍が間に合ったことでなんとか事なきを得ましたが、時間や空間を移動する術を持たないママは、そのまま崩壊に巻き込まれて…。」
ユフィちゃんの目に涙が浮かぶ。
ーーーお母さん同然のセニアちゃんを目の前で失ったことを思い出してしまって、きっと声を上げて泣きたい気持ちでいっぱいのはずなのに、それでも、ユフィちゃんは気丈にそれに耐えているんだ。
「ーーーユフィ、よく話してくれましたね。辛かったですね。いい子いい子です。」
セニアちゃんが、ユフィちゃんを抱き寄せて、優しくユフィちゃんの背中を撫でる。その瞬間。
「マ…マ…。…っ…!!」
ユフィちゃんが、セニアちゃんの小さな体に抱きついて、声を上げて泣き出した。
(「ーーーユフィは、本当に大きなものを抱え込んでいたんだね。」)
大河君が、思念の会話で私に話しかけてくる。
(「…うん、そうだね。私たちじゃわかりえない、とっても大きなもの。」)
ユフィちゃんがこの世界にきてからのことを、私たちはよく知っている。
私たちは、ユフィちゃんと一緒に世界の異変をいち早く見つけるために、いろんな世界をたくさん一緒に飛び回った。
ユフィちゃんは、いつも一生懸命で。
その一生懸命さは、今話してくれたことーーーセニアちゃんの無念を自分がきっと晴らすのだという、そんな強い気持ちがあったからなのだろう。
大河君が、セニアちゃんの腕の中で泣きじゃくるユフィちゃんに優しく声をかける。
「…ユフィ、辛いことを思い出させちゃって、本当にごめんね。それで、なんだけど…もしかしたら、もっと辛い思いをさせちゃうかもしれないけど…よかったら、その後のこと、詳しく聞かせてくれないかな?
今話してくれたことが、美海の夢にどう繋がるのかが、正直、まだ僕にはわからないけど…でも、君が勇気を持って話してくれたってことは、きっと何か意味があると思う。…もちろん、無理に話す必要はないけれど…。」
その言葉に、ユフィちゃんはセニアちゃんから離れて、涙を指ですくってから話し出す。
「ーーーはい。その後、私はママの言う通り、世界水晶の力を失わせ、あるいは破壊して、世界を崩壊させてしまう原因を探し求め、その理由がウロボロスであること、そして、その原因となった特異点が、この時代、五つの世界のどこかにあることを突き止めたんです。」
それを聞いて、アウロラちゃんが考え出す。
「それが本当なら、原因は最初にウロボロスをこの世界に呼び出した人、ということかしら。それなら、藤平先生がーーー」
「…いえ、それもまた違うのではない?」
イレーネスちゃんが、アウロラちゃんの言葉を遮った。
「確かに、藤平の起こしたファントム事件が特異点である可能性は否定できないし、一歩間違えれば世界が終わる可能性があったことだって事実よ。でも、それなら、どうして彼はウロボロスを呼び出すことはできても、制御することができなかったのかしら。」
イレーネスちゃんの疑問に、みんなが首を傾げる。
確かに、ウロボロスを統べるプログレスの姿をした何かは、あれだけの数のウロボロスを完璧と言えるほどまでに統率しているが、藤平先生がウロボロスを呼び出した時は、お世辞にも彼らをうまく統率できているとは言えなかった。
ユフィちゃんが口を開く。
「…いずれにせよ、このままでは情報が少なすぎますがーーー今の美海さんのお話で、ひとつの仮説が浮かびました。
…お話を聞く限りでは、その夢に出てきた美海さんの何かの選択によって、その先の未来の可能性が何らかの形に一本化してしまった、と考えるのが自然です。悲しい顔で泣いていたということであれば、少なくともその未来がいい方向に転んだという可能性は、ほぼないと言っていいでしょう。」
ーーーえっ…?
ユフィちゃんの言っていることが、一瞬わからなかった。
周りのみんなの驚愕をうつした顔からすると、おそらく、みんな同じことを思っているに相違ないだろう。
特異点が、この世界にある。
そして、私の夢の中で、もう一人の私が言ったこと。
私は、この時代の特異点になってしまった。
それはまるでーーー
「ーーー私の…せいで…世界がーーー?」
「ーーーユフィ…あなた…まさか、美海が世界崩壊のトリガーを引いているとでもいうの…!?」
ソフィーナちゃんが、真っ青な顔をしてユフィちゃんに詰め寄る。
「…いえ、必ずしもそうとは限りません。先ほどもお話ししたように、可能性はそれこそ無数にあって、そして、美海さんは夢でそれを見たきりです。ウロボロスを呼び出し、世界を崩壊に導く特異点が、この時代の五つの世界のどこかにあることは間違いありませんが、それが誰の、あるいは何をトリガーとするものなのか、それは私にも突き止められなかったこと…でも、そうであるがゆえに、すべての可能性を否定することもまたできない、それも事実なんです。だからーーー。」
「だから…?だから美海を疑うっていうの?あなたの言ったことだってただの推測に過ぎないでしょう!?なのにーーー」
「ですから、私は最初からそう言っているはずです!!推測に過ぎないからこそ、どの可能性も捨てられないとも…何度も言わせないでください!!」
「ソフィーナ、落ち着きなさい。怒鳴りあっていても話は進展しないわ。」
「イレーネスさんの言う通りです。落ち着いてください、ユフィ。」
沙織ちゃんやレミエルちゃん、マユカちゃんがおろおろとする中で、イレーネスちゃんとセニアちゃんが、二人の間に入る。それをみて、アウロラちゃんが口を開いた。
「ーーーユフィさん。あなたは言っていたわね。『どの可能性も捨てられない』と。それは、必ずしも美海さんが、その特異点というものになって、そして世界を滅ぼす存在になりうるわけではない、という可能性も捨ててはいない、ということなのね。」
それを聞いて、ユフィちゃんが口を開く。
「ーーーはい、アウロラさん。もちろん、それを証明する手段もありませんがーーー私だって、美海さんが世界を滅ぼす可能性を秘めた存在なんて、認めたくなんて…ありません。」
「ーーーなら、この話はこれで終わりだね。」
大河君が、その言葉に被せるように言った。
「ーーー結局、僕たちは美海の見た夢を深読みしただけだ。それでみんなで喧嘩する必要なんてない。」
大河君はそう言って、こちらを見る。ふと彼の手を見ると、ぎゅっと握りしめられたそれは、心に直接伝わってくる彼の気持ちを表すように、細かに震えていた。
大河君はわかってる。
今の私の気持ちを。
ユフィちゃんの言葉を聞いて、私自身が思ってしまったこと。
聞いた上で、何も私が言えなかったこと。
私自身が、世界を滅ぼすきっかけになるのかもしれない。
そのことを、たまらなく怖いと感じているのだということ。
そしてーーーそれを否定できない自分が、本当に悔しいのだということを。
放課後。
「ーーーじゃ、行こうか、美海。」
「…うん。」
私たちはそう言って、帰宅の途についていた。
二人で見馴れた道を歩く。
入学からずっと歩いてきた、寮へと続く道。
大河君と友達になり、パートナーになり、恋人になっても、ずっと変わらなかった、思い出の道。
この道には、楽しい思い出がたくさんあるはずなのに。
いつもなら、二人で…あるいはみんなで、他愛のない…しかし楽しいお話をしながら、寮に帰ったり、遊びにいったりしているはずなのに。
ーーーどうして、こうなってしまったのだろう。
…ううん、わかっている。
私が、みんなを不安にさせてしまったのだ。
私が、夢の内容を話してしまったばかりに。
もちろん、ユフィちゃんがそんな深読みのようなお話をするとは思わなかった。
その深読みを聞いて、ソフィーナちゃんがあんなに声を荒げるとは思わなかった。
それは誰にもわからなかった、仕方のないことだ。
でもーーーそのきっかけになったのは私。
いつものように、どうして笑い飛ばすことができなかったのだろう。
そうすれば、いつものように、みんなで笑っていられたのかもしれないのに。
考えれば考えるほど、心に不安が渦巻いてくる。
(「ーーー美海。」)
心の中に、大河君の声が響いてくる。…まだ周りに人がいるために、気を使ってくれたのだということを、私はすぐに理解できた。
(「…どうしたの?」)
(「…うん、不安な気持ち、すごく感じたから。昼休みのこと、気にしてるんだよね?」)
(「…うん。」)
私は正直に答える。
彼には、私の考えてることはある程度筒抜けではあるけれど。
…でも、それでも大河君は、私の心を理解したい、そう心から思ってくれる。だから、答えのわかっているものではあっても、それを察して声をかけてくれる彼の気持ちが、とても嬉しかった。
私は、さらに続ける。
(「…大河君…。キミは、どう思ってくれているのかな?」)
(「…特異点云々の話?」)
(「うん…。ユフィちゃんは、夢の中とはいえ、それが本当なら、私が世界を壊すかもしれない、って言ってたよね。
ーーー私、どうなっちゃうのかな。
どうして、あの時いつもみたいに、笑って済ませられなかったのかな。
まさか、ほんとにーーー」)
「ーーーそんなこと、あるわけない!!」
いつの間にか寮が間近になっていた時、大河君が、思念の言葉ではない、周りに聞こえるであろう大声で叫んだ。
周りの人たちがびっくりしてこちらを見るけれど、彼はそんなことを気にする暇はない。
「ーーーなんでだよ…なんでなんだよ…?ユフィの言ったことが本当だとして、それがよりによって、どうして美海なんだよ!?」
…彼が私から何かを感じるように、彼から伝わってくるものから薄々感じてはいたけれど。
彼は、私以上に、私がそんな可能性を秘めていることを怖れ、悲しんでいる。
それなのに、彼は私の心配をしてくれていたのだ。
「…ごめん、大声出しちゃって…。」
大河君が、私に謝ってくる。
「…ううん、私こそごめんね、心配かけちゃって。」
私は、こんなことしか言うことができない。
寮の前で大河君と別れ、お部屋に戻った後も、私は罪悪感に押し潰されそうになっている。
私が、そんな夢を見たなんて言わなかったら。
不安を顔に見せたりしなければ。
ずっと考えていたものが後悔となって、私の心をまた曇らせていく。
ーーー大河君。
私は、どうしたらいいのかな。
もしも私が本当に世界を壊しちゃったら、キミはどうするのかな。
その時ーーー
『~~~~~~♪』
ポケットに入っていた携帯端末が、私たちに着信を知らせた。
ディスプレイを見てみると、そこには 『沙織ちゃん』の文字。
メールを開いてみるとーーー
『件名:大丈夫ですか?
美海ちゃん、元気を出してください。
私がそんなことを言えるかどうかはわからないです。
でも、私は悩んでいる美海ちゃんより、いつもの笑顔を見せてくれる美海ちゃんが好きなんです。
それから、後ほどマユカさんと一緒にお部屋に遊びに行っても大丈夫でしょうか。
お昼のお話…あれが本当のお話なのかはわからないし、私が何ができるのかわからないけれど、私たちは美海ちゃんの力になりたいんです。マユカさんもそう言ってくれました。
どうか、風渡君と二人だけで悩まないでください。私たちにも、一緒に考えさせてください。』
私は、沙織ちゃんに対してこう打ち込んで返信する。
『件名:心配してくれてありがとう
みんなに心配かけちゃったね…。
了解だよ~、二人が来るまでお部屋で待ってるね(^^)』
…とりあえず冷静に返したつもりではあったけれど、沙織ちゃんのことだ、大河君のように声は聞こえなくとも、私の気持ちは筒抜けになっているだろう。
だが、私にはそうする他に、いい方法が思い付くことはない。
沙織ちゃんとマユカちゃんが来たとき、私は二人といつも通りに接することはできるのだろうか。
私はそんな不安を抱えながら、傍らの枕を握りしめることしかできなかった。
(another viewing “Mayuka”)
「あ…マユカさん、美海ちゃんから返信が来ましたよ。遊びに行っても大丈夫みたいです。」
沙織さんからの言葉に、、私は少し胸を撫で下ろした。
お昼のお話ーーーあの時、美海さんや大河さんは、自分で気づいていなかったかもしれないけれど、私もーーーというより、おそらく誰も見たことがないのだろうとしか思えないような、そんな表情をしていたから。
いつも笑顔で、ポジティブで、みんなに好かれて、そしてーーー引っ込み思案だった私の最初のお友達になってくれた美海さんと大河さん。
当時、緑の世界「グリューネシルト」からやってきた私にとって、この世界は本当に新鮮で。
でも、当時私は何も知らされないまま、この青の世界に来ていて。
そして、後からお姉ちゃんから聞いたお話。
ーーー青の世界の世界水晶を奪い、その力を緑の世界へと還元する。
後に「ブルーフォール作戦」と呼ばれるようになったその事件。
世界水晶ーーーシルトさんの声を聞くことのできる私は、そのための先鋒としてうってつけの存在だった。
最終的に、私やお姉ちゃんが送られた第一次、及び特殊部隊やエクスペンドの投入にまで踏み切られた第二次という、二回にわたるその作戦は事実上失敗に終わり、作戦も統合軍過激派の考えたことと理解してもらえたわけだけれど、その後、緑の世界の出身者は、しばらく一部の学園のみなさんから危険視されるようになってしまった。当然、私やお姉ちゃんも例外ではなく、ふと思い出すと、あの時、いろんな人から投げつけられた心ない言葉、そして、美海さんと大河さんが私を庇って反論している姿が、昨日のことのように甦ってくる。
(「ーーーあなたたちはこの世界を滅ぼそうとした、そんな人なんて信用できない!!」)
(「ーーーそうだ、お前たちのせいで、俺たちは世界と一緒に死ぬところだったんだ!!」)
(「ーーー落ち着いて、マユカちゃんを悪く言っちゃだめだよ。マユカちゃんは何も知らなかったんだよ?」)
(「ーーー美海のいう通りだ。それに、学園の調査結果や統合軍の声明を聞いたでしょ?もう緑の世界は敵じゃないんだ。」)
(「ーーー何だよお前ら、こいつを庇おうってのか?お前ら、あのスレイとかいうこいつらの親玉のようなやつと戦ったんだろ?なんで自分達の命を奪おうとしたやつらを助けたんだよ?」)
(「そんなの、わかりあえる可能性があるからに決まってるだろ?」)
(「…あなたたち、どれだけおめでたいの?そんなことをできる相手なのかもわからないし、それができなかったからこの子たちは攻めてきたんでしょ?まあ、あなたたちの後ろに隠れてるその子は、エクシードがまともに使えないどころか、他のこともだいぶポンコツな子らしいけど。…あぁ、だからスパイとして送り込まれたのね。その子みたいな役立たずがこの世界でどうなったって、替えはいくらでもあるだろうし。」)
(「ーーーマユカちゃんは役立たずなんかじゃないよ!!私達は見てたよ、マユカちゃんがエクシードの力を使って戦うの…自分達の世界を敵に回してまで、私達と一緒に戦ってくれたんだよ?お友達にそんなひどいこと言うなんて、許せない!!」)
ーーー私が「グリム・フォーゲル」の力を扱えるようになったのは、確かにこの世界に来てからだったけれど。
使いこなせるようになったその力で人を傷つけることを、誰よりも恐れていたのは私だと思うけれど。
でもーーーそれでも、役立たずと呼ばれることは辛くて。
緑の世界にいた頃も、たくさん叱られた。
ある程度お姉ちゃんがフォローしてくれていた分、まだよかったのかもしれない。
でも、ここにお姉ちゃんはいない。
ひょっとしたらーーーいや、ひょっとしなくても、私より軍階級が高く、実際に侵略作戦に参加したお姉ちゃんは、どこかで私よりもひどいバッシングを受けているであろうことは、容易に想像がつく。
私の憧れで、いつも側にいたお姉ちゃんがいないーーーその場で味方になってくれる人は、目の前のお二人以外にはいなかった。
お二人は、自分達が嫌な目を向けられるかもしれないのに、私を庇ってくれて、エクシードの制御の特訓も一緒にしてくれて、時には一緒にブルーミングバトルをしてーーーそして、お友達と言ってくれた。
私はその時、確かにお二人に救われたのだ。
ブルーフォール作戦の後、お二人がお互いの気持ちを伝えて恋人となった後も、お二人は変わらず周りと接し、私ともお友達のままでいてくれた。緑の世界出身の私たちのために、親身になって声をかけてくれた。
だから、お二人が困っていたら、今度は私が力になりたい。
なにができるかわからないけれど、なにもできないかもしれないとじっとしているのは嫌だ。
私はそう思って、美海さんと入学以来親しいという沙織さんに相談して、連絡を取っていただいたのだった。
本来なら大河さんもお呼びするべきなのかもしれないけれど、今回の件で一番悩んでいるのは美海さんで、それに、今はもう夕方、たとえ美海さんと大河さんという学園内公認といってもいいカップルであっても、寮の行き来や外出は難しくなる時間なので仕方がない。 裏技として美海さんの「風が繋ぎし道(エアリアルロード)」でお部屋同士を繋いでもらって来てもらう、ということも考えたけれど、沙織さんとのお話で、彼にも少し落ち着く時間があった方がいいだろうという結論に達したことで、とりあえず美海さんの方を優先することにした。
一度荷物を置きにお部屋に戻るので、戻ったらおにぎりを握っていこう。
お昼休み、美海さんはご飯を食べていない様子だった。きっとお腹を空かせているだろう。お米を研いでご飯を炊くのに少し時間はかかってしまうが、今の時間なら十分に指定の時間には間に合う。
中の具は何にしようかな、喜んでいただけるといいな、と思いながら、私はお部屋に戻ったのだった。
とん、とん、という、いつものノックと共に、
「ーーー美海ちゃん、沙織です。マユカさんも一緒ですよ。」
沙織ちゃんが、中の私に声をかけてきた。
私は「はーい、ちょっとまってねー。」と言いながらベッドから降りて、ドアを開ける。
「お邪魔します。」
「こんばんは、美海さん。…あの…これ、差し入れです。お昼、食べてなかったみたいだったので。ちょっと作りすぎちゃったんですけど…。」
沙織ちゃんに続いて入ってきたマユカちゃんが、私に大きなバスケットを渡してくる。中を開けてみると、ラップに包まれたたくさんの三角おにぎりと、大きな水筒が入っていた。
「わぁ、ありがとう♪すごくお腹空いてたんだ~、あ、二人とも座って座って!それから、 マユカちゃんのおにぎり、せっかくだからお話ししながらみんなで食べようよ。えへへ、お部屋でピクニックみたいで、ちょっと楽しいかも。」
私はベッドの上からクッションをふたつ持ってきて、二人をお部屋の真ん中にある卓袱台の前に促した。
「えっ…いいんですか?」
「美海ちゃん…私までご馳走になっちゃっていいの?」
「うん、二人がよければ、なんだけど。どうかな?」
私が問うと、マユカちゃんは大きく頷いて言う。
「…はい。じゃあ、みんなで食べましょう。きっと、そのほうがおいしいです。…実は、私もお夕飯はまだなんです。沙織さんはどうでしょうか?」
「…実は私も。よろしければ、ご一緒したいです。」
…誘ってみてよかった。
マユカちゃんの作ってきてくれたおにぎり。それは本当においしくて、そして何よりも、マユカちゃんが私を心配してくれて作ってきてくれたことが嬉しくて、私は夢中になってそれらを頬張る。
「ーーー美海さん?」
マユカちゃんが、ふと私に聞いてくる。
「ーーーえっ、マユカちゃん、どうしたの?」
「ーーー美海ちゃん、泣いてるの、気づいてないですか?」
沙織ちゃんの言葉に、私はおにぎりを食べる手を止めて、目尻を指で拭ってみる。
ーーー本当だ、目尻から頬にかけて、一筋の涙が伝っている。
どうしたのだろう。
マユカちゃんのおにぎりがおいしいから?
二人が遊びに来てくれたから?
…きっと、その両方だ。それにーーー
「…二人ともごめんね、大丈夫だよ。」
私は努めて明るく振る舞ったつもりではあったけれど、二人には通用しなかったみたいだった。
「ーーー美海ちゃん、無理しないでください。」
沙織ちゃんが、私に言う。
「私達だって、あの時、ユーフィリアさんから聞いたお話で不安を覚えたのは事実ですけど…でも、それを一番気にしているのは、きっと美海ちゃんだと思うんです。」
沙織ちゃんの言葉を補足するように、マユカちゃんが言う。
「…美海さんは、とても強い方ですから。いつも笑顔で、みなさんの中心になって…でも、だからこそ、時折不安になるんです。辛いときも、ずっと笑顔でいること…それは、もっと辛いことだからーーー
ウロボロスの大規模侵略の後、大河さんが目を覚まさなかった時…あの時も、美海さんはみなさんの前では笑顔でしたよね?…不安を見せないようにしなきゃって思ってるって、その時、セナさんから聞いていたんです。」
マユカちゃんはそこまで言って、はっとした顔で続ける。
「あ…ご、ごめんなさい…辛いのは美海さんだったはずなのに、そんな心を覗き見るみたいな…。」
「あ、ううん!マユカちゃん、気にしないで。そっか…セナちゃんが…。」
ーーーそう、私の心を読める人は、なにも大河君だけじゃない。
心の声を聞く力を持つことで、その力に対して疑問を抱いていたセナちゃん。
そんな彼女を、私は心配させてしまっていたのだ。
…いや、心配させてしまっていた、というのは違うかもしれない。
彼女は、その力を持っていたことで、みんなの前ではなんとかごまかしきれていると思っ ていた私の異変に、いち早く気づいてくれていたのだろう。
そして、マユカちゃんはそれを私に教えてくれたのだ。
辛いとき、私が無理をして笑っているのだろうということを理解できるようになったからーーー
…決めた。
二人に、私の思っていることを打ち明けよう。
二人は、大河君やセナちゃんのように、私の心が読めるわけじゃない。
だからこそ、言葉にしなければ伝わらない。
私は怖いと言葉にしなかったことで、みんなを不安にさせてしまった。
だから、今伝えよう。
伝えた上で、みんなと一緒に、どうすればいいのかを考えていこう。
私には、それを許してくれる人たちがいるのだからーーー
(「ーーー許しって、なぁに?」)
ーーーーーー!!
突然頭のなかに流れてきた、聞き覚えのある声。
…いや、聞き覚えのあるなんてものじゃない。
これは、私。
「…美海ちゃん…?」
「美海さん…どうしたんですか…?」
沙織ちゃんとマユカちゃんの声が聞こえる。
でもーーー私はそれどころではなかった。
夢の中で、ずっと聞こえてきていた、その声。
それは、まぎれもなく私の声で。
(「ねぇ、もう一度聞くよ。許しって、なぁに? 」)
私の前にいるはずの沙織ちゃんとマユカちゃんの前ーーー私にさらに近いところに、私がいる。
夢の中で見たものと、そして、かつて私自身が学園の敵になってしまったときと同じ、黒の細剣を握った私が。
沙織ちゃんとマユカちゃんは、その私に気づいていない。
…いや、その私の存在すら、二人には見えていないようだった。
(「お話しすれば許されるの?私は特異点になったことから解放されるの?」)
特異点。
またこの単語が出てきた。
ーーー呼吸が荒くなっていくのが、自分でもわかる。
この私は、何を知っているの?
この私は、何をしたの?
(「ふふ、キミにはわからないよね。私が何を知っているのか、何をしたのか。
いいよ、教えてあげる。
私たち「ウロボロス」の正体。
世界接続(ワールド・コネクト)と世界崩壊(ワールドエンド)の正体。
そしてーーー私が世界を滅ぼす特異点になった理由ーーー」)
意識が、遠のいていく。
「ーーー美海ちゃん!!」
「ーーー美海さん!!」
沙織ちゃんとマユカちゃんの声が聞こえた瞬間。
私の意識は、暗い漆黒の中へと落ちていったーーー
解説編 第7回
ユフィちゃんの生まれた世界について
作中では、ユフィちゃんの生まれた世界は崩壊する運命ということにしたのですが、実際にどうなのかはわからないところなのです。アプリさんにおけるユフィちゃんのキャラクターストーリーなどでは、未来、あるいは別の空間のセニアちゃんに「待っていてください」と言っているのではないかと思われる描写があるので、必ずしも崩壊が決定した未来ではなさそうなのですが、こちらでは私の想像を基にして書いたものになってしまうので、どうかご了承いただければ幸いなのです。
また、ユフィちゃんといろんな世界を飛び回った、という描写があるのですが、こちらはアプリさんのイベントのひとつである「World Exprore」に準拠した描写になっている形なのです。
第一次ブルーフォール作戦とその後について
作中のマユカちゃんの回想は、漫画作品である「アンジュ・ヴィエルジュ リンケージ」における作中の出来事を基に、その後日談のような形で作ってみたものになるのです。なお、そちらにもきちんと主人公がアルドラさんとして設定されているため、そちらを公式見解とすると多少噛み合わない部分はあるのですが、どうかご容赦いただければ幸いなのです。
第3章 終