著:Kokoro
前書き
Kokoroです。 夢中になって書いていると、ついついお時間を忘れてしまう私がいるのです…この前書きを書いている時は、前の日にほぼ寝ていないという状態で書いているので、変な表現になってしまったらごめんなさいです…
さて、今回は主に、アプリさん、及びアニメさんなど、様々な作品の内容を自分なりに解釈し、美海ちゃんがその中でどんなことを考え、どういった選択をしてきたのだろう、と想像を膨らませた上でのお話になるのかな、と思うのです。そのため、アプリさんやアニメさんなどの描写に元々ない表現がたくさんになってしまったので、読んでくださった方々には、ぜひそちらも確認していただいて、どういった相違点があるのか、というようなところを比べてみていただけたら、もしかすると面白いのではないかな、と思うのです。
また、今回は特に解説する点はないのですが、前作を読んでいらっしゃらない方のために、前作に出てきた単語で、元々設定がなかったもののいくつかを脚注としてまとめたので、ぜひ前作及び末尾の解説編をご覧になっていただきながら読んでみていただけたら幸いなのです。
第2章「秋空のデートは思い出と共に」
「……。」
私はそわそわしながら、大河君のお部屋の前に立っていた。
今は朝の6時。お布団に入るのが遅かったにもかかわらず、私がこれほど早く起きたことはほとんどない。だが、一刻も早く大河君に会いたかったのだから仕方がないだろう。
「…お邪魔しま~す…。」
付き合い始めた頃に千尋ちゃんから持たせてもらった大河君のお部屋のスペアキーを鍵穴に差し込み、私はまんまとお部屋への侵入を果たす。…本来なら、男子寮と女子寮間のいったり来たりはこんなに簡単にはできないはずなのだが、大河君の妹である千尋ちゃんがいるだけで、私限定とはいえ、こんなにも簡単にお部屋を行き来できるあたり、鍵を渡してくれた千尋ちゃんの優しさと物わかりの良さには頭が上がりそうにないと思う。
ーーーベッドが、まだこんもりと盛り上がっている。
私が抜き足差し足をしながら、ベッドの側へと歩み寄ると。
「…おやおや?大河君、まだ深い深い眠りの中みたいだね~…。」
彼を起こさないように注意しながら、私はベッドに腰かけて、お布団から少しはみ出ている大河君の手を握る。
彼の手を握っているだけなのに、この手から伝わってくる温かさは、私をとても安心させてくれる。そうしていると、
「う…うぅん…。」
眠っているはずの大河君も、私の手をぎゅっと握りしめてきた。
「…あ、起こしちゃったかな…?」
私が呟くのも束の間、再びころんと寝返りをうって、静かな寝息を立て始める大河君。
…ふふ。
私は、ちょっとだけ優越感に浸る。
昨日なら、ドアをトントン叩かれる側であった私。
そんな私が、今日は大河君のかわいい寝顔を見ることができた。
…本当に、気持ち良さそうに寝ているなぁ。
「…まだ起きそうにないし…ちょっとくらいなら、いいよね…?」
私は意を決して、お洋服をシワにしないように注意しながら、もそもそとベッドの中へと潜り込む。
ーーーあたたかい。
一緒のお布団に入っているだけで、私の全身を包み込む温かさ。
これは、大河君の温かさだ。
息を吸い込むと、私のよく知る匂い…大河君の匂いが、私の鼻をくすぐる。
…なんだか、ちょっとずるいかもしれない。
彼は、起きている時だけでは飽きたらず、眠っている時でも私を幸せな気持ちにしてくれるというのだろうか。
…でも、それが心地よい。
大河君の温かさと匂いに包まれて、だんだんと私の瞼が閉じようとした時ーーー
枕元にあった目覚まし時計が、大きな声で起床を告げた。
「ーーーひゃうっ!?」
私はびっくりしてお布団から出ようとするが、もう遅い。
「…ぅ…ん、もう朝…か…?」
薄く開けた大河君の目が、私の目とぴったりと合う。
「……。」
「……。」
…あ…あぁぁぁぁぁぁ…。
「…あ、あのね…?わざとじゃないんだよ…?いたずらでもないよ?ただ…その…あったかそうだなー、気持ち良さそうだなー、って思っただけで…。だから…ええと…ね?」
そうして私がわたわたしながら弁解しようとしているとーーー
「ーーーおはよう、美海。」
大河君が、頬を緩めて私に言う。
「…えっ…?」
私はぽかんとして、彼に向き直る。私は彼の目を見て言った。
「…ええと、怒ってない…?」
「…え、怒るって…?」
今度は大河君がぽかんとする番だった。
「…だ、だって…お布団、勝手に入っちゃったから…。ほ、ほんとにごめん…。すぐ出るからーーー」
私は慌ててお布団から出ていこうとしてーーー
「ーーー美海、ストップ。」
大河君の大きな腕が、私をぎゅっと包み込んできた。
「ーーーえ、ええっ…!?」
私が何が起こっているのかわからずに彼の腕の中でもぞもぞとする他ない中、大河君は静かに言う。
「…ごめんね、もう少し、こうしていていいかな…。時間、まだあるし。」
時計をちらっと見ると、確かに、待ち合わせよりもだいぶ早い時間。
…どうして。
私が疑問に思うと、大河君は私に言った。
「…いや、実は、鍵も持ってるし、もしかしたら早く来るかもしれないな、って思って、そうなったときに部屋で少しでもゆっくりしてから出かけられるように、目覚ましを早めにしておいたんだ。そしたら、本当にきてくれたから。」
大河君は、そのまま私の体を、優しく、しかし強く抱き締めて続ける。
「…実は、昨日の話、もしかしたら気にしてるかな、って思ってたんだ。ほら、嫌な夢を見た、って言ってたでしょ?確かに離れていても会話はできるし、ある程度は言わなくても思ってることはわかるけど、それで美海の心の中のすべてがわかるわけじゃない…。僕にはわからない、何か寂しい思いがあるのかな、なら、僕が元気にしてあげないと、って…。…まあ、もちろん、僕ができることなんてたかが知れてるとは思うけど…。自分が不安なばっかりに、自分勝手なわがままを言ってるだけかもしれないけど…。
でもーーーせめて僕の前でだけは、美海には笑っていてほしいからーーー
…それとも、やっぱり迷惑だった…かな?」
ーーーーーー。
…ああ、やっぱりキミはそうなんだね。
私を心から案じてくれて、元気づけようとしてくれる。
そんな、優しいパートナー。
私は、彼をぎゅっと抱き締め返す。
「ーーーううん、そんなことない。
大河君が心配してくれて、本当に嬉しいの。
キミがいるなら、私は大丈夫だよ。
何も怖くない。何も不安じゃない。
だからーーーありがとうーーー」
ーーー本当に、私は幸せ。
そう思いながら、私たちは相手の温かさを刻み込むように、互いをぎゅっと抱き締めたーーー
それから二時間ほど後。
大河君のお部屋を出た私たちは、手を繋いで道を歩いていた。
いつもなら、その場の勢いでいろんなところに向かうのだけど、今回は二人できちんと予定を立てた。
それは、思い出の場所巡り。大河君と私が出会ってから今までに二人で行ったところを、できる限り見て回りたい、と、私から申し出たのだ。当然、大河君はいつもの笑顔を向けて、それを了承してくれた。
「ーーーそういえば、部屋でも思ったけど、美海、その服、すごく久しぶりに見た気がするかも。」
隣から大河君がこちらを見て言う。
…あ、気づいてくれたんだ。
「えへへ…うん、はじめてキミとお出かけした時に着てたお洋服だよ。あれからあまり着てなかったんだけど、今日は特別なデートだから、思いきって着てみようと思って。まだ着られてよかったよ~♪」
「そうなんだ。あのときはツインテールだったと思うけど、今の髪型で着てもすごく似合ってる。かわいいよ。」
「ほんと?やった♪冒険してみて大正解だったね!!」
そうこうしているうちに、一ヶ所目へとたどり着く。
クリスタルモール。
まだただのお友達だった頃から、そして恋人となってからも、もちろん、沙織ちゃんやソフィーナちゃんといったお友達とも、幾度となく訪れた、学園島のショッピングモール。
私たちは、その喧騒の中に足を踏み入れる。
はじめて来たときは、去年のはじめーーー一年生の時だった。
あの時とは、入っているお店や施設も、行き交う人も、だいぶ違う。
でも、私たちは、その変わりゆくショッピングモールを、一緒にたくさん見てきた。
そして、その中で変わらないものも。
そう思っていると、朝ご飯を食べていなかった私のお腹が、小さな声で少し空腹になったことを知らせてくる。
「…あ、あはは…なんかお腹空いてきちゃった…。」
恥ずかしさ全開で言う私。
「いつものところ、行く?」
…なんとなく大河君はわかっていたみたいだ。
「うん、行こう行こう♪」
私たちは、爪先を同じ方向に向ける。
クリスタルモールの中にある、クレープのおいしい、小さなカフェ。
ここも、最初に行ったときは大河君と一緒だった、お気に入りの場所。
お友達として遊びに来たとき。そういえばあの時も、私がお腹が空いたと思ったときにここを見つけたのだった。
「マスターさん、こんにちは~♪」
「どうも、お久しぶりです。」
マスターさんにご挨拶をすると、私たちがここにはじめて来たときからいる顔見知りのマスターさんは、私たちが何を注文するのかもうわかっていたようで、
「あぁ、いらっしゃいませ。二人ともいつものかな?」
…と、にっこり笑って、いつものゆっくりした口調で言う。
「あ、はい。美海は?」
「うん、私も。マスターさん、お願いしまーす。」
席に着いて待つ間。この時間もとても好きな時間だ。
カウンターの先から漂ってくる甘い匂い。これまでに何人の青蘭学園の生徒…主に女の子が、この匂い、そして食べたときの美味しさに骨抜きにされてきたのだろうと思うほど。
そしてーーー今は大河君がいる。
マスターさんがカウンターの先から出てくるのを一緒に待つ時間が、私はとても好きだった。
そうこうしているうちに、マスターさんが出てくる。
「お待たせしました。それからこれは、二人に私からサービスです。まだお店に出ていない新作だから、ぜひ感想を聞かせてくれると嬉しいな。」
そう言って、マスターさんは私たちの注文したものの他に、もうひとつクレープの乗ったお皿を私たちの前に置いた。
「えっ…?いいんですか?」
私がびっくりして聞くと、マスターさんはまたにこっと笑って言う。
「もちろん。二人とも、ずっとご贔屓にしてくださっているからね。デートのお供には少しお粗末なものかもしれないが、最初はぜひ君たち二人に食べてみてほしいと思っていたんですよ。」
…なるほど、だから二人なのにひとつしかないということなのだろう。それはなんとなく大河君もわかったいたようで、
「本当に、ありがとうございます。美海、先に食べてみて。」
「うん!!いただきまーす♪」
私はさっそく、その新作というクレープを頬張ってみる。
「ーーー……!!」
あまりのおいしさに何も言うことができない私。
クレープ生地に包まれていたのは、たっぷりの生クリームと林檎。その林檎は、アップルパイに乗っているコンポートのようにしてあるのだろうかとも思ったけれど、何かが違う。しかしとても甘いそれは、甘すぎないように調整をしてあるらしい生クリームと溶け合い、何とも言えないおいしさを生み出していた。
「…美海、おいしい?」
大河君が聞いてくる。…思っていることはほぼ筒抜けのはずだが、私はもぐもぐしながら首を縦にぶんぶんと振って、とてもおいしい旨を伝えた。
「…すごくおいしいの…。毎日通いたいくらい、飲み込んじゃうのがもったいないくらいおいしいよ~♪」
ほっぺが落ちないように支えながら、私はふにゃりと顔を緩めて言う。
「ねえねえ、キミも食べてみて!!」
私は、大河君に向かって、食べかけのクレープを向ける。
「はい、あーん♪」
「うん、じゃあ僕も…あーん…。はむっ…。」
私の食べたところとは反対側をぱくりと食べた大河君も、とても驚いた顔で言う。
「…ほんとだ、これ、すごくおいしい…。びっくりだ。林檎と…何だろうこれ…?」
「ーーーどうやら、お気に召してくれたようですね。」
マスターさんが、私たちの席に来て言う。
「はい、とってもおいしいです!!これ、何を使ってるんですか?」
「ああ、林檎の蜂蜜漬けを作って使ってみたんですよ。少し手間がかかるから、メニューに加えるとしても数量限定になってしまうだろうけれども、この青蘭島は可能性を育む場所。それに、私がこうやって個人経営のカフェをここでやらせていただけるのも、君たち青蘭学園の生徒さんや先生方が来てくれて、喜んでくれて、そして有事の時は命懸けで戦う君たちに守ってもらっているからだ。ならば、君たちに負けないように、私も何か挑戦できないかと思ってね。私は肝心なときに何の役にも立てないかもしれないが、せめて戦うこと以外で、君たちの喜びになることがあれば、これほど嬉しいことはないですからね。」
そう言って、また笑顔を見せるマスターさん。
「本当にありがとうございます。来てよかったです。ね、美海。」
「うん♪マスターさん、ごちそうさまでした。」
お店を出るとき、マスターさんはいつものように、笑顔で「またのお越しをお待ちしております。」と言ってくれたのだった。
カフェを出た私たちは、今度は海水浴場の方へと足を向けていた。
「さすがに、もう人はいないね。」
「もう秋だからね。…まあ、僕たちも今年はあんまりいられなかったけど。」
「あはは…そうだね。」
ここにも、たくさんの思い出がある。
直近は、みんなで行くつもりが、なぜか二人で行くことになった海水浴。
あの時は大変だった。いきなり雨は降りだすし、その雨にウロボロスが紛れ込んでアウロラちゃんの絶対守護を突破し、そのウロボロスが発生させた結界に囚われた私たちは、ウロボロスの生み出したお互いのそっくりさんと対面することになったりして。
すべてが終わった後、時間の許す限り二人で遊んだけれど、お互いにちょっと不完全燃焼だったことを覚えている。
「…海か…それ以外だと、どうしてもあれを思い出すなぁ…まったくもう、ジョージのやつ、人騒がせなんだから…。せっかく信じてやったってのに…。」
大河君が、苦い顔をして言う。
…あぁ、あれのことかな。確かにあれは人騒がせだった。
あの時、私とソフィーナちゃん、ミシスちゃん、ラウラちゃん、セナちゃんとウルリカちゃん、それから大河君とジョージで海に行こうとした時、途中でみんなの水着がないことに気づいたことで一悶着あったのだ。…あの後、大河君は一週間くらいジョージと口をきかなかったらしく、第二風紀委員室にお手伝いに行くと、みんなから白い目で見られてるジョージが泣きついてきたりしたっけ。
「まあまあ、ジョージだってさすがに反省してるみたいだったし。ね?」
「…まあ、みんながいいって言うならいいんだけど…。何だかんだでジョージに助けられてるところはあるし。」
そう言って、私たちはどちらともなく笑いあう。
苦い思い出であっても、私たちからすれば大切な思い出。そう思えた瞬間だった。
「…やっぱり、ここに来ちゃったね。」
私たちが向かったのはーーー学園の校門。
毎日登校しているのだから、来る必要はないはずなのに。
でも、笑いあり、涙あり。そんな場所だったからこそ、大切な思い出のたくさん残る場所。
出会ってすぐに私たちがぶつかった並木は、まだその場に立っている。
去年に続き、今年も同じだったクラス分けは、とても嬉しかった。
ブルーミングバトルやリンクの練習をたくさん二人で、時にはみんなでこなしたバトルルーム。
生徒会に入る前、第二風紀委員のお手伝いをしていた時も、一緒に学園の中を見回ったりしたこともあった。
いつかのクリスマスは、サンタさんに会いたかったらしいヴェノムちゃんのために、ソフィーナちゃんやレミエルちゃんやルルーナちゃん、いろんなところを走り回ったりして。
その他にも、楽しかった思い出はたくさんある。
そんな、私たちにとってなくてはならない場所。
もちろん、辛いこともあった。
ひとつは、ブルーフォール作戦ーーーそれまで接続の確認されていた四つの世界とは違う世界ーーー緑の世界「グリューネシルト」の接続から始まった、青の世界の世界水晶をめぐる戦い。
私たちはその時ーーー世界接続によって生み出されたとされる世界の危機とではなく、同じ人間との戦いに身を投じた。
今でこそ、あれは過激派と呼ばれる人たちがしようとしたことだとわかっているけれど。緑の世界のみんなとは仲良くさせてもらっていて、マユカちゃんたち穏健派だけでなく、スレイちゃんをはじめとした過激派だった子たちやエクスペンドのみんなともわかり合えているけれど。
でも、世界水晶を奪われまいとする私たちだけではなく、彼らにも彼らの事情があって、世界水晶の力がどうしても必要で。
わかり合うためには、戦うしかなかった。
そのために、私と大河君は彼女たちと戦うことになって。
彼女たちの圧倒的な力に押されて、私が立て続けに受けた痛みを、大河君はすべて受け入れて。きっと私が勝つと信じてくれて、その場に立ち続けてくれて。
それがとても嬉しくて、心から嬉しくて。
だから、私は最後まで戦うことができた。彼を信じて、後に「風の支配者(ドミニオンエア)」と呼ばれることになる私の力を最大限に扱うことができた。
もちろん、私たちだけが頑張ったわけではない。私たちが勝てたのは、学園のみんながひとつにまとまった結果だと思う。
でも、やっぱり一番の功労者は大河君だと、私は心から思う。
あの時、私の最後の一撃を受けて倒れたスレイちゃんに向かって大河君が言ったことを、私はよく覚えている。
「ーーー自分たちだけで悩んじゃだめだ。
君たちだけで世界を救う方法が見つからないなら、人海戦術で見つければいい。僕たちも手伝う。
だから、犠牲が必要とか、奪わなくちゃいけないとか、そんな悲しいこと言わないで。
確かに僕の言ってることは綺麗事かもしれない。君たちの言ってる通り、君たちの世界には本当にそんなことをしてる時間がないのかもしれない。
でもーーー僕たちはここで知り合って、戦って。自分たちの言いたいことを言い合って。
なら、もう僕たちも当事者だ。傍観者じゃない。
そしてーーーここまでのことができたなら、もう君たちとは友人だ。赤の他人じゃない。
それともーーー友達を助けたいと思うのは、いけないことかな?」
あの時も、大河君は優しかった。
目の前にいるのは、自分に痛い思いをさせてきた張本人たちだというのに。
でもーーーそれでも、彼は彼女たちを見捨てることはなかった。
それは、私も同じ気持ちで。
だからこそ、私は彼を信じることができたのだと思う。そんな彼に惹かれ、そして告白までこぎ着けられたのだと思う。
そしてーーーもうひとつ。
これも、私たちにとって忘れられないこと。
ウロボロスの大規模侵攻によるアルドラの封印、そして、彼らがアルドラとプログレスのリンクを通してのプログレスの意識を侵食し、プログレス同士が戦うことで得られるエネルギー、エクストラを吸収し、それを彼らの決戦兵器“アビス”の覚醒の足掛かりとするという、青蘭学園史上最悪の事件。
あの時、大河君は私を含めて、リンクしているみんなに対してリンクの破棄を指示した。
その時、イヤホンから聞こえてくる大河君の苦しむ声が、今でも耳から離れることはない。
(「ーーーぐ…うぅっ…だめだ…。みんな、早くリンクを切って…こっちからは、もう…。」)
…後から聞いた話だけれど、あの時、特に大河君には、何体ものウロボロスが意識の乗っ取りを企てていて、大河君はそれに抗うので精一杯で、アルドラからのリンクの破棄はとてもできない状態だったのだという。だが、リンクの破棄は、すなわち戦闘力の低下とαフィールドの消滅を意味する。それを知っているあまり、私以外のみんなはリンクの破棄を選択することはなかった。
あの時、大河君と交わした思念の会話。それが、心の中に蘇ってくる。
(「…美海…早く、リンクを切るんだ…。
どんどんリンクを通して…プログレスのみんなに、ウロボロスの意識が流れ込んでる…このままじゃ…美海まで…。」)
(「ーーー嫌だよ…大河君…キミを一人にはできないよ…!!」)
(「ーーー馬鹿を言うな…!!」)
(「…っ…。」)
(「…いいかい、美海、よく聞いて。
君は青蘭学園の生徒会長で、数少ないEXR(エクス・リベリオン)の一人で、最強のプログレスなんだ。君の存在は、学園のみんなの希望でもある。君がいなくなれば、学園の命運も尽きる…。君は、絶対にいなくなっちゃいけない存在なんだ。」)
(「…でも…でも、大河君ーーー」)
(「ーーー僕は大丈夫だから。いつも君が僕を信じてくれるように、きっと、今度は美海が助けてくれるって信じてるからーーー
だからーーー今は僕のことじゃなく、学園のみんなのことを考えるんだ。」)
(「大河君ーーー」)
(「ーーーさあ、早く行くんだ!!青蘭学園生徒会長、日向 美海!!」)
私と同じく大河君とリンクしていたソフィーナちゃんが、レミエルちゃんが、セニアちゃんとカレンさんが、アインスちゃんが、大河君以外のアルドラとリンクを繋いでいた葵ちゃんやリゼリッタちゃんたちも、次々にウロボロスに意識を乗っ取られていき、私の意識も大河君から流れ込む破壊の衝動に塗りつぶされようとしている中で、大河君が私にだけ通じる声で言った言葉。
思えば、私に対してあんなに声を荒げた大河君ははじめてだったかもしれない。
本音を言えば、私だって、大河君とのリンクを破棄したくはなかった。
彼は、私のアルドラで、恋人で、どう転んでも大切なパートナーで。
だから、リンクを破棄することは、彼を見捨てることと同じ意味で。
だけど、彼はそんなときでも、私を信じてくれた。
学園のみんなを私がまとめて、きっと助け出すことを。
だから、そのために、自分の責務から逃げるな。
私には、そう聞こえていたのだーーー
(「大河君ーーーごめんね。きっとーーーきっと助けるからーーー」)
大河君の意志に従い、私は彼とのリンクを破棄した。
その甲斐があって、私に対するウロボロスの意識の乗っ取りは中途半端なままに終わり、完全に意識を奪われるという最悪の事態だけは防ぐことができたが、それでも、少なからず流れ込んでいたウロボロスの意識は、少しずつ私の意識を蝕んでいった。
そしてーーー救援に来てくれた紗夜ちゃんたちに、私は自分の意志に関係なく、剣を向け、そして心ない言葉を投げつけることになってしまった。
紗夜ちゃんーーーごめん、ごめんね。
確かに、ブルーミングバトルの練習ですらアルドラに痛い思いをさせるしかなかった私たちの頃と違って、ビヨンド(※1)の開発によってアルドラの負担が軽くなったのはいいな、と思っていたけれど。
強くなりたいと泣いている暇があったら、そうなれるように頑張ろうって言いたいと思っていたけれど。
ーーーでも、紗夜ちゃんが頑張っていなかったわけじゃない。天音ちゃんばかりが頑張っていたわけでもない。
二人とも自分なりに何かをしようと頑張っていたのに。二人はとても仲良しで、それをずっと見ていたはずなのに。
それなのに、どうして。
その気持ちを嘲笑うかのように、意識のなかで、目の前に私がーーー黒く染まった剣を宿す私が現れて言った。
ーーーこれが、キミの本音。私の本音。
キミに比べれば、あの子はなにもしてないよ。
なのに、どうしてあの子の肩を持とうとするの?
ーーー強くなりたいと夢ばかり見て、自分で頑張ろうともしない。
そんな役立たずのために、優しくなってあげる必要なんてないんだよ?
私が、そんなのは間違ってる、と叫ぼうとした時。
ーーー紗夜ちゃんの言葉が、私の消えかかっていた心に、再び焔をともしてくれた。
「ーーー天音にもう一度会いたいーーー天音に謝るんだーーー!!」
白銀を捨てて、鐡に染まった細剣を握る私ーーー私の意志に関係なく、破壊の限りを尽くそうとする私が何も言わなくとも、紗夜ちゃんは、自分で理解していたんだ。
自分が強くなりたいと思いながらも足踏みをしなくてはならないのは、自分の弱さを認めたくなかったからだと。そのために、大切な友達を言い訳にしてしまって、自分は自分のするべきことから逃げていただけなのだと。
自分がしてしまった過ちが、許されるかどうかはわからない。
それでもーーー紗夜ちゃんは天音ちゃんとの再開を望んだ。
もう一度会って、そしてごめんなさいを言うことが、今自分のするべきことだと理解していたから。
ならばーーー私のするべきことは何?
紗夜ちゃんとここで戦うことじゃない。
リンクを破棄した時、私は大河君と約束したはずだ。
必ず、学園のみんなと一緒に、彼を助け出すと。
信じてくれた大河君のために、大切な恋人でパートナーのために。
ーーー私はウロボロスなんかに負けないーーー負けるわけにはいかない!!
目の前の紗夜ちゃんが、私に向かって光の剣を構えて突っ込んできた時、私は残る力を振り絞って、ウロボロスの意識に抗った。
ーーーお願い、紗夜ちゃん。
私は、学園に戻らないといけない。
大河君との約束を守るために。
でもーーー私だけの力じゃ、あなたの目の前の私は止められない。
だからーーー私と一緒に戦ってーーー力を貸して!!
ーーーそれから、私が紗夜ちゃんの腕の中で目を醒ますまでのことは、覚えていないことの方が多い。
覚えているのは、紗夜ちゃんが渾身の力で振り抜いた光の剣が私の体を貫く時、意識の中で私と戦っていた黒い剣を持った私の体が、眩い光を宿した何かに真っ二つに断ち切られたことだけだった。
そのあと、私は学園に戻ったけれど、ウロボロスの意識の完全な浄化にだいぶ時間がかかってしまった。
その間にも、外では戦いが続いていて。
そしてーーー私は大河君の元へ向かうことも許されなかった。
そしてーーーウロボロスの侵食に染まった葵ちゃんに押される紗夜ちゃんを救援するべく、私は無理を言って学園を飛び出した。
あの時、私は何もできないのが嫌だった。
大河君と約束したのに。
その約束のために、今、葵ちゃんと戦っている紗夜ちゃんが力を貸してくれたのに。
それなのに、私はこんなところで何をしているの?
あの場に立たないといけないのは、私。
ーーー行かなきゃ。今度こそ、守るために。
その甲斐あって、私は葵ちゃんを倒し、ウロボロスから救うことはできたものの、葵ちゃんが宿していたウロボロスの意識は、今度は私に向かって牙を剥いた。
(ーーーみつけた。今度こそ、逃がさないーーー)
私の頭の中にそんな言葉が聞こえた頃には、私の意識はもう、暗い深淵へと叩き落とされていた。
何が起こっているのか。
私がどうなったのか。
それすらもわからない、そんな、何も見えず、何も聞こえない、そんな暗い暗い虚無の淵へと。
でもーーー私は帰ってくることができた。
紗夜ちゃんから天音ちゃんへのーーープログレス側からアルドラへのリンクによりウロボロスの呪縛から解き放たれた天音ちゃんと、そのまま天音ちゃんとのリンクーーーすなわち、史上初のクロスリンク(※2)を成功させ、自分達の力を一気にEXRクラスまで昇華させた紗夜ちゃん、アルマリアちゃん、エルエルちゃん、ステラちゃん、ナイアちゃんの5人、そして、彼女たちによって救われたプログレスのみんな、そして私が動けない間青蘭学園を守ってくれたみんなが、ウロボロスの意識を再び取り込んでしまった私とウロボロスの決戦兵器を倒し、もう一度私を解放してくれたのだと知ったのは、今度は葵ちゃんの腕の中でのことだったけれど。
その後。
天音ちゃんと同じようにしてアルドラのみんなが続々と解放された。
ーーーでも、大河君は、だいぶ解放に時間がかかってしまった。
再びウロボロスの意識を、今度は意識が一時的にすべて乗っ取られる形で取り込んでしまった私が、その完全な浄化にさらに時間がかかり、その間リンクを繋げることもできなかったこともある。
しかし、どちらにせよ大河君の受けたウロボロスの侵食は一際強いもので、私の浄化が済んで再び大河君とリンクし、彼の意識のうちへと入り込んだ時、彼は真っ暗なところで、固く目を閉じて倒れていた。
その時、周りの暗闇から声が聞こえていた。
ーーーどうして、何もないのーーー
ただの普通の人なのに、どうして何も弱さがないのーーー
私はその時、彼がどうして倒れているのか、この声は何なのか。それを悟った。
聞けば、侵食を受けたプログレスが自分や周りに対する心の本音を体現したように、天音ちゃんをはじめとしたアルドラの意識も、自分の弱味や封じていた気持ちを吐き出すようになっていたらしい。
でも、私は知っている。
彼は、優しくて強い男の子。
決して弱音を吐かず、絶望のなかにも希望を捨てず、いつも明るく、でも、必要な時には臆せず助けを呼べる、そんな強さを持っている。
ーーーだからこそ、きっとウロボロスも彼の弱みにつけこむことができず、ただ数と力で無理矢理に抑え込む以外に方法がなかったのだろう。
私は、倒れている大河君に駆け寄って、彼を抱き起こし、ぐったりしている彼に向かって呟いた。
「ーーー遅くなってごめんね。迎えに来たよ。
一人で頑張らせて、本当にごめんね。
私、一人は嫌だよ…大河君。
また手を繋ぎたい…一緒に遊びに行きたい…
かわいいって言ってほしい…ぎゅって抱き締めてほしい…
だからーーー早く起きてーーー」
意識だけのはずなのに、最後は涙声になっていたと思う。
そう言って彼に口づけた瞬間、眩い光が辺りを満たしーーー気がついたときには、視界は保健室のベッドに戻りーーー
「ーーー美海、ただいま。ありがとうーーー」
ーーーそして、目を醒ました大河君が、いつものように笑顔を浮かべていたのだった ーーー
「…あの時、私、すごく不安だった。大河君が、もう目を醒まさないんじゃないか、って。」
私は、校門から見える校舎を見上げて、大河君に言う。
…今でも、思い出すと背筋が凍りつきそうな感覚に襲われる。
あの時、私は大河君と繋いでいた手を離した。
私の隣に彼のいない日が続き、不安に押し潰されそうにもなった。
手を離したことを後悔しなかったと言えば、それも嘘になる。
もちろん、戻ってきてくれることを私は信じていたけれど。
でもーーーもしも、戻ってくることがなかったら。
私の選択のせいで、彼を暗い世界に取り残し、そして私が彼のいない世界に取り残されたとしたら。
私は、今、この世界で生きていたいと思っただろうかーーー
大河君は、私を後ろから抱き締めて言った。
「ーーー美海、そんな悲しい顔をしないで。
僕は今、ここにいる。
美海が約束を守ってくれた。僕をあの暗い世界から連れ出してくれた。
だから、僕は今、ここにいられる。美海の側にいられる。
僕だって、君と一緒じゃなきゃ嫌だ。
僕は戦う力は持っていないから、美海を支えることしかできないけど…。
でも、今の僕と美海なら、きっとなんだってできる。
ブルーフォール作戦も、二人いたから戦えて、可能性解放(※3)の一例目にもなれた。
ウロボロスの侵食から解放されてからは、クロスリンクの成功例のひとつにもなれた。
それは、僕と君が出会わなかったらできなかったことだ。
だからーーーこれからもずっと一緒だ。あと一年半の学園生活も、それからもね。…というか、そうでなきゃ僕が困る。
これからも一緒に、たくさんたくさん、思い出を作っていきたいからーーー」
…本当に、大河君はずるい。私を惚れさせる達人だ。
私は、大河君の温もりを感じながら、彼の方を向いて上目遣いで言う。
「ねぇ、大河君ーーー
…朝、お布団の中で不安をぎゅってして解消させてくれようとしたよね?
今日、いろいろ考えることがあって、楽しいこともあったけど、悲しいことも思い出したからーーー
…だから、また朝みたいに、お布団の中でぎゅってしてほしいんだけど…。
ええと、だからその…お部屋にお泊まりしたいな、って…。だめ…?」
大河君は、一瞬ちょっとたじろいだけれど、すぐにいつもの調子に戻って言った。
「…見つかったら、また生徒会長と風紀委員長のくせに何してんの、っていろんな人に叱られちゃうかもしれないけど…。それでもいいや。
自分が怒られるより、美海が寂しい思いをするほうがごめんだもんね。」
「…えへへ。ありがとう。…見つかったら一緒に叱られよう。だって、私が言い出したんだもん。」
「…それもそうか。…じゃあ、暗くなってきたし、そろそろ帰ろうか。」
「うん♪」
秋の夕焼けの中で、ひとつになった私たちの影が、どこまでも長く伸びていたーーー
脚注
※1、αドライバーの負担の軽減のために開発された痛覚を遮断する装置及びシステムのこと。詳細は「Aile de Lien」第4章、及びその末尾に記載した解説編第3回にて。
※2、プログレスとαドライバーが相互にリンクし、波長の増幅を行うことでリンクレベルを爆発的に押し上げるための方法及び理論。詳細は「Aile de Lien」第7章、及びその末尾の解説編第5回にて。
※3、リンクレベルが100パーセントを超えた状態を表現する言葉。詳細は「Aile de Lien」第2章、及びその末尾の解説編第1回を参照のこと。
第2章 終