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執筆者の写真Kokoro

Aile de Lienー新たな絆と羽ばたく片翼ー Ange Vierge if episode vol.1“Ramiel” 第5章

更新日:6月14日


前書き

Kokoroです。これを書かせていただいているのは8月なのですが(2018年現在なのです)、毎日暑い日が続いていますです。私も、暑さに負けないように頑張らなくてはなのですね。…ただ、いつもそういうときに限って、頑張りすぎてしまってお熱を出してしまったりするのですが…。

さて、今回はちょっと休憩、というわけではないのですが、夏といえば何かな、というお話にしてみましたです。ただ、インターバルというわけではなく、きちんと結末に通ずるようになっているので、ご安心くださいです。


また、今回は特別な用語などは出てこないので、解説などはないのですが、ご質問、ご感想などあれば、お答えできる範囲でお答えしますです。

では、お話に行ってみましょうです~♪



第5章「はじめてのこと、伝えるべきこと」


 あれから一週間が経った。

 あの後から、天羽さんは目を醒ましていない。

 当然だ。あれだけ怪我をした状態で、私の痛みをすべて許容したのだから。また、彼の意志だったとはいえ、私が無理をさせてしまったこともまた事実。一難去ってまた一難とはよく言ったもので、私の心の中には、また新しい黒い雲が渦巻いていた。

「レミエルちゃん、おはよう…って、どうしたのその顔!?」

 私のお部屋にやってきたエルエルちゃんが、私の顔を見てひどく驚いている。

 シノンさんの手当てを受けたとはいえ、あくまでも応急処置。天羽さんがお医者さんに入院することになり、私はほとんど眠れないという日が続いていた。今は大河さんと美海さんが交代で様子を見に行ってくださっている。私も数日は行っていたのだが、日に日に顔色が悪くなっていく私を見かねたお二人が心配して、しばらくは自分たちが様子を見るから、と言って私をお部屋まで送り届けたのだ。心配だったが、美海さんが言った「目を醒ました時にレミエルちゃんがそんな顔でいたら、翔君、もっと心配しちゃうよ。」という言葉で、私はおとなしくお部屋にいることにしたのだ。

 だが、それでも不安を拭うことはできない。

 彼は、私のために体を張った結果、こんなことになってしまったのだ。

 私があのとき、彼らに対して勢いであんなことを言わなかったら。

 彼の意志を尊重しなかったら。

 彼は、あそこまで傷つくことはなかったかもしれないのに。

 そう思うだけなら、まだよかったかもしれない。

 彼とのリンクを、私は喜んでいた。

 彼の可能性は、私の可能性でもあると。

 彼を信じるということ。

 私が信じてもらうということ。

 それは、本当に嬉しくて。心から嬉しくて。

 それを再確認できたことはよかったけれど。

 それでも、結局痛い思いをしたのは彼だ。

 そうさせてしまったのは私だ。

 リンクレベルの急激な上昇。それに伴う自分のエクシードの力の上昇。絶対に負けない、その天羽さんの強い気持ち、そして天羽さんと一緒に戦うという私の気持ちが重なった結果なのであろうその現象に、私はきっと浮かれていたのだろう。

 それが、彼にもっと無理をさせることだと、わかっていたはずなのに。

 喜びを悔しさや悲しさが押し包み、少しずつ塗り替えていくのに、

時間はかからなかった。

「ーーーエルエルちゃんーーー」

 私は震える声で、エルエルちゃんに言う。

「エルエルちゃんーーーどうしよう…どうしよう…天羽さんが目を醒まさなかったらーーーずっとあのままなんてことないよね…?治療に時間がかかってるだけなんだよね?私、謝らなきゃ…痛い思いをさせてごめんなさいって…無茶をさせてごめんなさいって…リンクレベルが強くなっただけで浮かれちゃって、天羽さんのこと、全然考えてなかったって…!!」

話しているうちに、私の目からこぼれ落ちた涙が、一筋、また一筋と頬を伝う。

「レミエルちゃん、落ち着いて。」

 エルエルちゃんが、私に声をかけてくる。

 聞けば、エルエルちゃんは、天羽さんの隣のクラス。それゆえに、天羽さんとお話ししたことも、天羽さんのことを時折耳にしたこともあるらしいーーー天羽さんが、クラスで出来損ないと言われていたのだということも、私の専属となったことも。

 そしてーーー今回の一件も。

「レミエルちゃん、やっぱり優しいよ。出会ってまだ日が浅いのに、そんなに心配してくれる人、そうそういないよ。

 あたしも何回か話したけど、翔君、レミエルちゃんと出会って、かなり変わったみたいだったよ。前は…なんていうんだろ、流れに任せる?とにかく、何もかもどうでもいいみたいな、そんな雰囲気だったと思う。…でも、隠れて泣いてるところをレミエルちゃんに声をかけてもらって、リンクが繋げることがわかって、何か吹っ切れたみたいだったんだよ。

 翔君、あの子達に言ったんだよね?レミエルちゃんを馬鹿にしないでって。

 翔君、レミエルちゃんと出会って、ほんとに幸せだと思うんだよ。

 自分の気持ちをわかってくれる人がいなかったんだろうから。

 きっと、だから翔君も頑張れたんだよ。

 レミエルちゃん、翔君を信じるって決めたんでしょ?

 だったら、きっと大丈夫。」

「でもーーーでも、私ーーー」

「レミエルちゃん、でも、は禁止だよ。」

 食い下がろうとした私に、エルエルちゃんが釘を刺してくる。

 エルエルちゃんは、そのまま私に近づいて、私の手をぎゅっと握った。

「レミエルちゃん、覚えてる?レミエルちゃんにウロボロスの意識が流れ込んで、あたしが助けに行ったときのこと。」

 もちろん、覚えている。

 あれは、忘れられないーーー忘れたくない。

 あの時ーーー美海さんたちと共に大河さんとリンクしていた私。

 ウロボロスに封印された大河さんから流れ込んできた、どす黒い感情ーーーこの世界を破壊し尽くそうとする衝動と、それと同時に沸き上がるあの気持ち。


 ーーー友達なんて、どこにもいない。

 今までの友達は、全部、偽りの友達。

 αドライバーとの絆も、偽りの絆。

 それだけじゃない。

 この世界のすべてが、私を否定する。そうに決まっている。

 今見えているもの、すべてが偽り。


ーーーそんな世界など、壊れてしまえ。壊してしまえ。


 言いたくないのに。

 声に出したくないのに。

 そんなことを思いたくもないのに。

 それでも、そう思わずにはいられない。

 だって、それは私の心の中に巣くっていたものだから。

 そうじゃないと思いたい、でも、もしもそうだったなら。そう、ずっと思っていたものだから。

 私は、それを否定できなかった。

 エルエルちゃんが私の所に来たときに、私は言ってしまった。


「だってあなたーーーもうお友達じゃないもの。」


  エルエルちゃんの背に作られた私の翼が消え、心や感情、自分自身が黒に塗りつぶされようとしている中、私は叫んでいた。

  違う。

 エルエルちゃんーーー違うよ。

 私はそんなこと思ってない。

 言わせられているだけなの。私の気持ちじゃないの。

 その時ーーー目の前に現れた、真っ黒な翼を持った私が、私にこう言った。


 うそつき。

 本当はそんなこと、全然思っていないくせに。

 あなたの気持ちは、今自分で言った通りのくせに。

 友達は偽り。

 絆も偽り。

 いつか、彼らもあなたを捨てる。私を捨てる。

 赤の世界でーーーあの温かなはずの世界のすべてがーーーあなたを捨てようとしたように。

 そもそも、あなたも、そして世界もーーーすべてがうそつき。

 赤の世界が温かな世界というなら。

 どうして、私のような不完全な天使を産み落としたの?

 どうして、片翼の私は蔑まれなくてはならなかったの?

 どうして、ガブリエラ様は私を捨てたの?

 もしもそれに理由があるとして、どうして、それを本当だと思えるの?


ーーーあなたがお友達と思っているというあの子ーーーエルエルちゃんは。

どうして、「友の翼(エールフレンド)」の力を使うことができないの?

それはーーーあなたが本当に、あの子を友達と思っていないからーーー


 目の前のエルエルちゃんの目にーーーそしてそれを見せられている私の目に涙が浮かぶのを、   黒い翼の私はおかしそうに笑って見ていた。

 私の言葉じゃないのに。

でも、それは本当に、隠し続けてきた私の気持ちで。

 それを、私は否定することができなかったーーー


 私は、これを思いながら、どんな顔をしていたのだろう。

 エルエルちゃんは何かを感じたように、「ごめんね。」と言ってから続ける。

「その時ねーーーあたし、本当に不安だったんだ。レミエルちゃんに嫌われちゃった、力を借りられなくなっちゃった、もうだめだ、って。

 でも、そうじゃなかった。

 紗夜ちゃんの力が借りられることがわかって。向こうが思っていなくても、私が友達だって思っていたら、絶対に大丈夫だって。

  だから、あのときあたしはああ言ったんだよ。」


「ーーーあたし、翼なんてどっちでもいいもん!!

レミエルちゃんでいてくれたらーーーそんなの関係ないもん!!」

エルエルちゃんの言った、その言葉。

その時、私は思い出した。

この世界に来たばかりの時のことを。

大河さんと美海さんと出会ったことを。

それと一緒に流れ込んできた力。

エルエルちゃんから受け取った力。

温かく、優しく、時には厳しく。そんなーーー私を元気付けてくれる力。

エルエルちゃんの力ーーー友の翼(エールフレンド)の名を持つ、エルエルちゃんらしい、友達を大切に思う気持ちのこもった力。


ーーーこれが、私のお友達。

私には、友達がいる。

私と友達になりたいと言ってくれる、かつて言ってくれた人がいる。

お節介でもなんでもない。

そう心から思ってくれている。

帰りたい。

みんなのところへ帰りたい。

だからーーー私を縛りつけないで。

私の中からーーー出ていって!!


そうして、気がついた頃には、私はエルエルちゃんと固く抱き合い、言葉を交わしたのだ。


「ずっと、友達だよーーー」


エルエルちゃんの言葉は続く。

「だからーーーレミエルちゃん。翔君を信じてあげて。

大河君から聞いた。二人とも、本当にすごかった、って。

そんなすごいαドライバーがパートナーなんだもん。信じてあげよう。

翔君は、絶対にレミエルちゃんを一人にはしない、って。」


はっとする。

大河さんがあの時言っていたことと同じ。


「君が信じてあげなくてどうする!?」


ーーー私は、また同じ過ちを繰り返すところだった。

信じよう。

彼の力を。

私のパートナーを。

お願いします。

神様。

大天使様。

彼にーーー私のパートナーに、力を貸してくださいーーー


「ーーーレミエルちゃん!!」


勢いよく、お部屋のドアが開く。

飛び込んできた美海さんが、私に向かって叫んだ。


「翔君、意識が戻ったって、今大河君が!!すぐ一緒に行こう!!」


ーーーーーー。

目を醒ました。

彼が。

天羽さんがーーー私のパートナーが。

「レミエルちゃん、行ってあげて。」

エルエルちゃんが、私に向かって笑顔で言う。

私は、考える間もなく、それを最後まで聞くこともなく、お部屋を飛び出した。息を切らすことすら忘れて、学園島の中にある学園の系列の病院の病室まで来た私は、病院であることも忘れるように、勢いよく引き戸を開ける。

「ーーーあ、来たみたいだね。天羽君、 レミエルが来たみたいだよ。」

ベッドの横に立っていた大河さんが、ベッドに向かって言う。


「ーーーレミエル、先輩ーーー」


天羽さんが、起きている。

目を開いている。

心の雲が、晴れていく。お日様が顔を出す。


「ーーーお帰りなさい、天羽さんーーー」


私はーーー笑えていたのだろうか。

でも、きっと笑えていたのだと思う。

だってーーー帰ってきた彼の顔はーーー笑顔だったのだから。


それから数日後。

「ーーーさて、じゃあ、天羽君の快気祝いと、初のブルーミングバトルの勝利記念っていうことで。」

大河さんがそう言ったと思うと、大河さんと美海さん、フェルノさんと、私と天羽さんの5人は、商店街の中の喫茶店ーーー美海さんのお気に入りの場所なのだそうだーーーに集まることになっていた。

「ーーー先輩方、本当にご心配をおかけしてしまって、すみませんでした…。」

「ううん、気にしないで。僕たちもごめんね、いきなりあんなこと言っちゃって…ほんと、痛かったよね?…実はあのあと、僕も美海もいろんなところからすっごく怒られたんだよね…。そりゃそうだ、風紀委員と生徒会のトップ二人が、喧嘩の仲裁じゃなくて、喧嘩を黙認した上に、それをさらに煽っただけだからね…。」

謝りあう大河さんと天羽さん。それを見て、美海さんが言う。

「こらこら、二人とも、謝りっこは禁止だよー。せっかくのお料理やクレープが美味しくなくなっちゃう。」

「…あぁ、それもそうか。じゃあ謝りっこはこのくらいにして…。」

大河さんは、私たちに向き直って言う。

「やっぱり、思った通りだったね。…さすがに、ビヨンドを切るとは思わなかったけど…。でも、はじめてのブルーミングバトルだったっていうのに、それであれだけのフィードバックを受けても立っていられる人なんて、そうそういないから。」

「あぁ、そういえば、大河さんも美海さんとのはじめてのリンクの時に、木にぶつかって数日動けなくなったと聞いていますわね。」

「…あー…うん、そうだね…。」

「う…フェルノちゃん、それは恥ずかしいから止めて…。」

フェルノさんの言葉にぐうの音も出ないお二人。

「…そんなことないです。…正直、すごく痛かったです。レミエル先輩が泣いているのもわかりました。僕のこと、本当に心配してくださっていたんですよね…。だからこそ、僕は負けたくなかった。自分にも、彼らにもです。先輩にみっともないところを見せたくないとか、足を引っ張っちゃいけないとか、そんなことじゃなくてーーー」

天羽さんは、一息ついてから、こう言った。


「レミエル先輩を、僕が信じたかったから。それだけだったんです。」


エルエルちゃんが私に言ったことと同じことを言っている。

私は、直感でそう感じた。

エルエルちゃんは、お友達として、私を信じてくれた。

天羽さんは、パートナーとして、私を信じてくれた。

ならばーーー私の言うべきことは、謝罪などではない。


「天羽さんーーー」


私は、彼に言う。

「私に翼をくださって、本当にありがとうございます。

…その…これからも、よろしくお願いします…!!」


「ーーーこちらこそ、よろしくお願いします…!!」


私たちは、笑顔でそう言い合う。

それを見て、大河さん、美海さん、フェルノさんの3人も、私たちを見て笑顔を浮かべていたーーー

「ーーーあ、そういえば。」

何かを思い出したように、美海さんが声を上げる。


「この際だから、二人とも、話し方をもっとフレンドリーにしてみたらどうかな?呼び方も先輩呼びとか名字じゃなくて、名前で!!」


…え?

ぽかんとしてしまう。

呼び方を変える。

その意味はわかる。

でもーーー

「ふぇ…ふえええええええええ!?!?!?」

思わず変な声を出してしまう私。

「え…えぇ!?いや、ちょっと待ってください!!先輩はともかく、僕、後輩なんですけど…さすがにそれは…。」

「うーん、いいんじゃないかな?天音たちとか、割と後輩のみんなも僕のこと、普通に大河、とか、大河君、って呼ぶし、割とタメ口だし。それと同じ感じだよね。」

大河さんまで同調している…。

「…?あ、もしかして、雰囲気とかも必要なのかな?うーん、私は大河君とずーっと一緒だったから、よくわからないけど…。」

考え始める美海さん。と、思いついたように「そうだ!」と叫んで言う。


「二人とも、今度のお休みの日って、二人とも空いてるよね?どうせだから、二人でお出かけしてきたらどうかな?」


ーーー正直、とんでもない変化球…というよりも、危険球に近いかもしれない。少なくとも私にとっては。

お出かけ。

誰と。

天羽さんと。

誰が。

私が。


「ーーーーーーふにゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


私は、両手をばたつかせながら叫んだ。

「ーーーあの…あの…あのあのあの…それって…その…あの…で…デート…っていうことですか…?」

「そうだよー。もっともっと仲良くなる近道でもあるだろうし!!その日お祭りがあって、花火大会をやるんだって!!」

あっけらかんと言う美海さん。隣にいるフェルノさんが輝きを3倍増しにした目を向けてきているのが、ちょっと怖い。

「ーーーこれは…何かが起こる気がしますわ!! 」

あぅー…やっぱり…。

言わんとしていることはわかる。

でも…やっぱりすごく恥ずかしい。

おでこでお湯が沸かせそうなくらい真っ赤になる私。ちらっと天羽さんを見ると、これまたお顔を真っ赤にしている。と、私と目が合った。二人して目をそらす。

「…先輩、今度のお休みの日って、空いていますか?」

「ふぇっ…ええと、ええと…うぅ…はい、空いてます…。」

正直に答える私。

「よーし、決まりだね!!じゃあ、二人でお出かけ、忘れちゃだめだよ?生徒会長命令だからね!!あ、レミエルちゃん、明日の放課後、その時に着る浴衣、一緒に選びに行かない?」

「美海さん、そういうことなら、わたくしも行きますわ!!デートのおめかしは女の子の命ですもの!!」


美海さんの鶴の一声で、私と天羽さんはお出かけをすることになってしまったのだった。

「やれやれ…美海、浴衣選びはいいけど、今度の休みは補習明けのためのテスト勉強だからね?助っ人に沙織も呼んでるんだから。自分で沙織や僕に声かけて、まさか、忘れてるってことはないよね?」

…美海さんが、大河さんのその言葉で途端に意気消沈したのは言うまでもない。


お休みの日。

「うー…どうしよう…どうしよう…。」

私は、鏡の前で頭を抱えていた。

今日は、天羽さんとのお出かけの日。

今まで、大河さんや美海さんたちと遊びに言ったことはある。

でも、それはあくまでも、何人も集まって、ということに過ぎない。

二人でーーーましてや男の子とお出かけしたことなんて、はじめてのことだ。

美海さんやフェルノさんが選んでくださった浴衣。

白地に、淡いピンク色のお花の模様が描かれたそれを両手に持って、私は右往左往していた。

今日、これを着て、天羽さんとお出かけする。

考えるだけで、顔が熱くなってくる。

「レミエルさん、来ましたわよ。」

フェルノさんが、私のお部屋にやってきた。私が一人では着付けができないということで、着付けができるというフェルノさんがお手伝いを申し出てくれたのだ。

「…はい、もう腕を下げても大丈夫ですわ。」

帯を結び終わったらしいフェルノさんが、私に言う。言われた通りに腕を下げた私は、フェルノさんに言った。

「…フェルノさん、ありがとうございます。ごめんなさい、お手伝いしてもらっちゃって…。」

「いいえ、このくらいお安いご用ですわ。それに、本当にお似合いですもの。」

私を見て、うんうんと満足そうに頷くフェルノさん。

「さあ、いっていらっしゃいな。殿方をあまりお待たせするものではありません。」

フェルノさんが私に言う。

私はもう一度お礼を言って、浴衣と一緒に選んだ下駄をカラコロと鳴らしながらお部屋を出る。寮を出たところで、待っていたらしい天羽さんがこちらを見て、驚いたような顔をした。

…やっぱり、すごく恥ずかしい。

「…お、お待たせしてごめんなさい…。」

「いえ…その…僕も今来たところですから…。」

顔を真っ赤にして向かい合っている私たち。

「…ええと、とりあえず、行きましょうか…。」

「そ、そうですね、行きましょうか…。」

天羽さんの言葉を合図にして、私たちは駅へと向かう。電車に乗り込むと、まだそこまで暗くなってはいないが、ちらほらと浴衣を着ている人たちもいる。おそらく、私たちと同じように、花火を見に行く人たちなのだろう。

…私たちは、今、どんな風に見えているのだろうか。

私が先輩だから、お姉さんと弟?

天羽さんの方が背が高いから、お兄さんと妹?

それともーーー

「ーーーーーー。」

想像した瞬間、ぷしゅーーーーーーっ、と蒸気を吹き出しそうな勢いで顔を真っ赤にする私。

「…あの…先輩、もしかして、体調が悪かったりとかしますか…?」

隣の天羽さんが聞いてくる。

「ひあぅ…!!だ、大丈夫です…!!」

変な声を出しながら答えるしかない自分に、ますます自信がなくなってくる。

「あ…あの、ええと…電車、混んできたみたいですね…。」

天羽さんが言った時、扉の近くにいたこともあって、ちょうど乗り込んできた人と私が一瞬ぶつかる。

「ーーーあっ…。」

慣れない服と履き物ということもあって、私が一瞬転びそうになるところを、

「ーーー先輩!!」

回り込んだ天羽さんが、私を抱き止めた。

「ひゃあ…!!ご、ごめんなさい…。」

「いえ、僕は大丈夫です…その…怪我とかなかったですか…?」

「あ…はい、大丈夫です…。ありがとうございます…。」

「……。」

「……。」

固まる私たち。

天羽さんもこの状態が恥ずかしいことに気がついたらしい。どうしようという顔で固まっている。

…周りからの視線が痛い。

微笑ましく見守る目もある。

主に天羽さんに向けられる、男の人からの視線もある。

「…ご、ごめんなさい!!」

私はあわてて、天羽さんから少し距離を取る。

それと同時に、電車のアナウンスが、私たちが降りる駅を知らせた。

扉が開き、ぞろぞろと人がホームに雪崩れ込んでいく。

「あの、先輩ーーー」

天羽さんが、私に言った。

「その…またぶつかったりしたらいけないですからーーー」

そう言って、私に右手を差し出してくる天羽さん。

「あ…ええと…その…そう、ですね…で、では、失礼します…。」

私は、左手でその手を取る。

いつか握手したことのあるその手はーーー今日も大きくて、温かかった。


私たちが会場に着いたのは、少し薄暗さが増してからのことだった。

会場は、すごく賑わっていた。提灯や露店の灯りで照らされたこの場所の至るところから、お囃子や太鼓、笛の音色が響いている。

「えと、天羽さんは、こういうお祭りにはいらっしゃったことがあるんですか?」

私は、隣の天羽さんに聞いてみる。

「そうですね、だいぶ来てなかったんですが、こういう雰囲気の場所には何回か来たことはあります。懐かしいな…。」

そう言って、目を細める天羽さん。

昔のことを思い出しているのだろうか。

「あ、先輩、何か食べたいものとかありますか?」

天羽さんが、今度は私に言う。

「あ、ええと、私、こういうところにはあまり来たことがなくて…。」

正直に答える私。

「わかりました。じゃあ、花火が始まるまで、適当に散策しませんか?」

「…そうですね。それがいいと思います。」

天羽さんが、私に手を伸ばす。私は、今度は恥ずかしがらずに手をつなぐことができた。

「あ、天羽さん、あれって何でしょうか…果物みたいですけど…。」

歩いている最中、私は気になったので聞いてみる。

「あぁ、林檎飴ですね。気になりますか?」

「…ええと、実はちょっと気になります…。」

「わかりました。ちょっと待っててください。」

天羽さんはそう言うと、露店へと足を向ける。ほどなくして戻ってきた天羽さんの右手には、ひとつの林檎飴が握られていた。

「プレゼントです。…ちょっと、お粗末かもしれないですけど。」

「え…いいんですか…?」

私はびっくりして彼を見る。後からお金を出さないといけないと思っていたので、完全に意表を突かれてしまったのだ。

「いえ、気にしないでください。じゃあこれ、どうぞ。あ、食べるときに浴衣にくっついたりしないように気をつけてくださいね。」

「…ええと、じゃあ、失礼します…。」

私は、天羽さんの手から林檎飴を受け取り、恐る恐るぺろっと舐めてみる。

「どうですか?」

天羽さんが、私に聞いてくる。

「…おいしいです…!!」

素直に、そう言うことができた。

「喜んでもらえてよかったです。赤の世界には、林檎飴のようなお菓子ってなかったんでしょうか?」

「そうですね…似たようなものはあったんですが…食べたことがないんです。」

赤の世界にも、フルーツキャンディはある。だが、林檎を丸々ひとつ飴で固めるということはなかった上に、食べる機会も食べようと思ったこともなかったので、完全にはじめての経験だった。

その後も、私たちがお祭りを見て回っていると、

「ーーーあれ?」

天羽さんが、何かに気がついたように、辺りを見回す。

「天羽さん…?どうしたんですか?」

「あ、その、泣き声が聞こえて…多分、小さな女の子だと思うんですけど…あっち からかな…?」

私も耳をすましてみる。

確かに、聞こえる。

「先輩ーーー」

天羽さんが何を考えているか、私はすぐに気がついた。

優しい天羽さんだ。声を聞いた以上、放っておくことは絶対にするまい。そして、私も、放っておきたくない。

「ーーー天羽さん、行ってみましょう。」

私は、天羽さんと一緒に、声のする方に足を向ける。しばらくすると、喧騒から少し外れたところに、浴衣の女の子が蹲っていた。

「…お母さん、どこに行ったの…?痛いよ…痛いよ…。」

よく見ると、下駄を履いている左足が赤く腫れている。おそらく、お母さんとはぐれてしまって、探し回っている最中に足を捻ったか何かしてしまったのだろう

「…そこの子、大丈夫?」

天羽さんが、彼女の前で膝を折って、目線の高さを同じにして話しかける。

「…え…。」

その子は天羽さんや私を見て、一瞬びくっとする。

「あ…怖がらなくても大丈夫ですよ。」

私も膝を折って、彼女に話しかける。

「お母さんとはぐれてしまったんですか?怪我をしているみたいですね…大丈夫ですか?」

「足を捻ったのかな…ちょっと待ってね。」

天羽さんは、そう言って腰のウエストポーチを漁る。手を取り出した時には、そこには冷却シートと包帯、そしてはさみが握られていた。

「こんなこともあろうかと、いろいろ持ってきておいたんです。ごめんね、ちょっと冷たいかもしれないけど、我慢してね。」

天羽さんはそう言うと、冷却シートを女の子の足に合うようにはさみで切り、腫れているところにしっかりと貼りつけて、手際よくその上から包帯を巻いていく。一通り終わると、天羽さんは今度はポーチからキャンディをひとつ取り出し、女の子に差し出す。

「よかったら食べて。落ち着くよ。」

ここまで来て、女の子も私たちが怪しい人ではないと理解してくれたらしい。天羽さんからキャンディを受け取って、ようやく泣き止んだ女の子は、

「ーーーお兄ちゃん、ありがとう。」

天羽さんを見据えて、お礼を言った。

「どういたしまして。」

天羽さんは、笑顔で女の子に答える。

「あの、天羽さん、これからどうしましょうか?」

私の言葉に、天羽さんが言う。

「そうですね…とりあえず、この子をここに置いておくわけにもいかないですから、運営本部まで行ってみましょう。救護もやっているでしょうし、迷子のアナウンスもしてもらえるはずですから。あ、君、お名前は?」

天羽さんは、また女の子に聞く。

「…ミア。ミア、っていうの。」

「ミアちゃんか。じゃあ、今からお兄ちゃんたちと、お母さんを探してくれるところに行こうか。大丈夫、きっとすぐ見つかるからね。」

安心させるように、女の子ーーーミアちゃんに声をかけ続ける天羽さん。

やっぱり、天羽さんは優しい。

困っている人は放っておけない、彼はそんな人だ。

私はまたひとつ、彼のことを学んだのだったーーー


本部でアナウンスをしてもらった結果、お母さんはすぐに見つかった。

お母さんもミアちゃんも、私たちに何度もお礼を言って帰っていった。

「…本当によかった…。」

私は、ぽつりとそう呟いていた。

「…はい、ミアちゃん、またね、って言っていました。」

「…また、会えるといいですね。」

「きっと、また会えます。」

そうしている間に、天羽さんのポケットの端末が、アラームを鳴らす。

「そろそろ、ですね 。」

いよいよ、花火が始まる。

「先輩、こっちに来てください。」

天羽さんは私の手を取ると、人の流れとは逆の方向に歩き出す。

「あ、あの、天羽さん、どこに行くんですか?」

天羽さんは、私に向き直って言う。


「…とっておきの場所、です。」


「わぁ…!!」

次々と大きな花火がうち上がり、火薬が弾け飛んだと思うと、色とりどりの火花が夜空を彩る。

私たちは、私たち以外には誰もいない、喧騒からはずれたところでそれを見ていた。

「天羽さん、こんな場所、どうやって見つけたんですか?下見でもしたんですか?」

気になった私は、天羽さんに聞いてみる。

天羽さんは、頬をかきながら答えた。

「…実は、風渡先輩から聞いてきたんです。とっておきの場所がある、自分達は今年は行けないから、二人で楽しんできて、って。」

ーーーなるほど。

大河さん、ありがとうございます。

私は、今日はそのご厚意に甘えようと思った。

…補習のことは、本当に偶然なのだろうけど。

でも、だからこそ、私はここにいられる。

天羽さんと一緒に。

勇気を出して来てみて、本当によかった。

心から、私はそう思うことができた。

「レミエル先輩ーーー」

天羽さんが、私に向き直って言う。

「僕、あの日、言いかけたことがあるの、覚えていますか?」

あの日ーーーもちろん、覚えている。

はじめて天羽さんがブルーミングバトルをしたあの日。

彼は、あの本を見て、こう言った。

この内容は、真実なのか、と。

私はこう答えた。

どうしてそう思うのですか、と。

今、彼はそれを教えてくれるのだろう。

天羽さんが口を開く。


「ーーー僕は、堕天使たちは、神様から見捨てられた天使だと思っていない。あくまでも想像なんですがーーー堕天使たちは、何かしたいことがあって、自ら神様の手を離れる決断をして、それを神様が受け入れただけなんじゃないかーーーそう思っているんです。

神様って、罰を与えることもしますけど、基本的には、僕たち人間を見守ってくれる、優しい存在だと思うんです。

神様は彼らを嫌って堕天させたんじゃない。何かを知ったことで、新しい道に進みたいと願うその気持ちを受け入れて、新天地へと向かう彼らへの後押しをすること、新しいところでも幸せになれますように、そんな祈りが込められた言葉ーーーそれが、堕天 ーーー天から堕ちる、という言葉だと思うんです。」


ーーー。

天羽さんの、その解釈。

私では、想像すらできなかった解釈だった。

「…やっぱり、変ですよね、僕…。でも、僕はそう信じているんです。宗教の話を覆すことになりかねないことですけど…それでも、僕はそう信じたいんです。だってーーー」

天羽さんは、一息ついた後、強い意思を込めた口調で言う。


「幸せになるのに、神様も、天使も、人も、関係ないじゃないですか。」


天羽さんは、意を決したように言う。

「先輩ーーー僕、先輩と出会えてよかったです…。

先輩は、強くて、優しくて、出来損ないだった僕を放っておかないでいてくれて、パートナーにしてくれてーーーどんどん、僕の中で大きな存在になっていきました。

そのうちーーー僕の心に、生まれた気持ちがありました。

レミエル先輩との関係ーーーそれを、もっと先へと進ませたいーーーそんな思いを持つようになったんです。」

関係を、先に進める。

それは、つまりーーー


「レミエル先輩ーーー僕は、あなたが好きです。

お願いします、プログレスとアルドラの関係だけじゃないーーー

僕と、本当のパートナーになってください…!!」


いきなりの告白。

私は、どう答えればいいのかわからない。

天羽さん。

どうして、こんなところで言うんですか。

そもそも私はーーー彼のことをどう思っているのだろう。

私も、彼のことが好きなのだろうか。

優しいことは知っている。

強い心の持ち主であることも知っている。

私にとっても、とてもとても大事な人だ。

私の中でも、とても大きな存在になっている。

天羽さんとのリンクは、心地よかった。

ぽかぽかして、温かかった。

これはーーー何だったんだろう。

これが、好きという感覚?

でも、もしも違ったら。

怖い。

自分が傷つくかもしれないのが。

天羽さんを傷つけてしまうかもしれないことが。

私はーーー私は。


「ーーーーーー現実を見てください。」


ーーーーーー!?

突然の声に、私と天羽さんは辺りを見回す。

「気の迷いも大概にしなさい、もう一人の私。ほんと、みっともない。」

再び、声が聞こえる。

私と、同じ声が。

まさかーーーまさか。

私は、震える肩を抱くようにしながら、後ろを振り返る。

そこにあったのはーーー漆黒の闇。

それは徐々に人の形を成していく。

見覚えのある髪が。

見覚えのある顔立ちが。

見覚えのある服が。

そしてーーー脳裏に焼き付いて離れない、片方が白、片方が黒の両翼が。


「ーーー久しぶりね、もう一人の私。」


それはーーーあの時私が振り払ったと思った、

そして、ずっと忘れ去ろうとしていたーーー黒い翼の私だった。


5章 終

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『Aile de Lienー新たな絆と羽ばたく片翼ー』 Ange Vierge if episode vol. 1“Ramiel” 第7章

前書き Kokoroです。 この前書きを書いているのは、本編を書き上げてから二日後のことなのですが、すごく怖い夢…物語を書かせていただいている者としてはいろいろな意味で非常に怖い夢を見て飛び起きてしまって、不安に思いながらの前書きを書いていますです…あぅー…。...

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